第7話 スナイパーJK、異世界転移する その7



 混乱する私の視界を緑のつたが埋め尽くし、多種多様な色に染まったヒルガオたちが万華鏡のように回転する。



 もちろん転がってるのは、私のほうだ。

 鍛え抜いた筋力と研ぎ澄まされたバランス感覚に頼り、強引に体勢を立て直す。



 どうやら私はビルの外に放り出され、斜めに傾いた外壁の上を滑り落ちるところらしい。



「ホントに、欠陥住宅だったんじゃないのッ」



 おそらく白百合しろゆりは、私が階段へ向かうのを読んでいた。

 だからすぐ下の柱ごと、床を対物ライフルで粉砕したのだろう。



 アイツの観測手を滑落させたときと同じ方法で、やり返されてしまったのだ。


 だがこの手のビルは倒壊の際、地震対策で外壁が内側に向かって倒れるよう設計されてると聞いたことがある。



 運がいいのか、悪いのか。


 床から滑り落ちたとき、私はいっしょに崩れてきた外壁の上に乗っかる格好になったらしい。


 そして今、斜めに傾く壁面は少しずつ加速しながら地上へ向かって墜落している真っ最中なのだ。



 けどこれほど大きく崩れたのは、あいつにとっても予想外だったと信じる。


 そう決めつける。



 私はコンバットブーツの底で踏ん張ってつたを削りながらセーラーカラーをたなびかせ、背に色とりどりの花弁を舞い散らせる。


 極限まで圧縮された体感時間のなか、湧き上がる闘志のままにバレットM82の銃床を肩に当てていた。



 どうせ私は、このあと落ちて死ぬ。

 だけど絶対にただでは死なない!



 スコープを覗き込んだとき、そこに純白の髪を持つ少女がこちらへ真っすぐに銃口を向けているのが見えた。



 ああ、この子も私を強敵とみなしてくれている。


 墜落するのに任せて見送ったりせず、悪あがきさえも粉砕して確実に仕留めるほうを選択してくれた。



 今、数十倍に拡大されたスナイパースコープ越しにぴたりと目が合うのを感じる。

 銃口と銃口が互いの命の中心へ向かい、完全なる直線を結んでいた。



 あの子が笑っている。

 私も笑っている。



 たった今、運命の出会いを果たした恋人同士のように、生き別れになった双子の姉妹と再会を果たしたように。


 ふたりは数学的に正しい相似形そうじけいを描きながら、

 神が定めたもう黄金律おうごんりつに従って、不倶戴天ふぐたいてんの敵として殺し合いを演じるのだ。



 引き金を絞るや、肩にかかる心地よい反動がスローモーションでやってくる。


 それを最後まで味わうより先に、今度はスナイパースコープの硬質樹脂が細かな破片となって弾け飛んだ。


 このとき私には鈍色にびいろの弾丸がゆっくりと回転しながら、レンズの中へ飛び込んでくる様がはっきりと見えていた。



 あっ、きっと声を上げるいとまもない。


 百分の一秒にも満たない時間のあと私の眼球は貫かれ、弾丸の持つ運動エネルギーは頭蓋骨の中身をただの血袋に変えてしまうだろう。



 負けた。



 準備不足は言い訳にならない。


 せめて、私の弾丸もあの子に届いたろうか?



 だけど、そこにはなぜか三色に色分けされた毛玉のようなものが浮かんでいた。



(……子ネコ、の背中?)



 そう呟きかけて、違和感に気づく。



 弾丸は私の眼球、数センチ手前で停止していた。


 12.7mmNATO弾、飛来する弾丸の所属先まで判別できてしまう。



 その上、私自身も身動きひとつできず、ビルの破片やヒルガオの花たちさえ空中で静止してるようだった。


 これはもう動体視力がどうとか、走馬灯的な体感時間どうとかって問題じゃないでしょう。



 なんじゃこりゃ?



 ご親切にも私の疑問に答えてくれたわけではないだろう。


 突然、目の前に真っ黒い球体が現れる。



 ちょうど墨汁ぼくじゅうで作ったシャボン玉みたいに漂い、それは世界を塗り潰す黒い染みのように一切の光を拒絶していた。



 次の瞬間、球体が一気に膨れ上がって闇に呑まれてしまう。


 いや、感覚的には途轍とてつもなく大きなスポイトで吸い取られたと言ったほうが近い。



 ひょっとしたらタワマンも周囲の廃墟群も、ごっそりとまとめて吸引されてしまったんじゃないか。



 もはや白百合しろゆりや他のクラスメイトのことを考える余裕もない。



 なにせ、上も下も、右も左もわからない。


 今や私自身がシャボン玉になったみたいに漂い、覚醒しているのか昏睡こんすいしているのかさえ曖昧だったから。



 誰かがスポイトの中身をギュッと押し出してくれるまでは、たとえ時が果てようとも、このままなんじゃないか。



 それが私に許された思考の、最後の一滴ひとしずくとなった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る