第6話 スナイパーJK、異世界転移する その6



 背後で未冥みめいの絶叫がとどろく。

 けど私はただ、座り撃ちの姿勢からスコープの奥へ燃えるような視線を疾走はしらせていた。



 直後、指先にかかるテンションに従い、トリガーに連動する撃針げきしん雷管らいかんに叩きつけられる。


 たちまち薬室内で燃焼ガスが膨れ上がり、耳をろうする炸裂音が落雷じみて雄叫びを上げた。


 大口径12.7mm徹甲弾てっこうだんが回転直進運動を描いて、地球大気を切り裂いたのだ。



 弾丸はわずかに狙いをれ、下から床をぶち抜くだけで終わる。



 だが敵もさっきので五発。襲撃が始まってから、五発で射撃のタイミングが大きく開いた。


 おそらく敵の弾倉は空だ。



 弾倉交換の隙を与えぬため、私は続けざまに引き金を絞る。



 バレットM82には、より狙撃に特化したM95やM99といったバリエーションも存在する。


 それらに比べれば命中精度にやや不安があるものの、82には82にしかない長所があった。



 狙撃銃は手動によって次弾を装填そうてんするボルトアクション式が主流である。


 それに対しM82はセミオートマチックの発射機構を備えながら、反動もこのサイズの大口径銃としてはケタ外れに小さく抑えられていた。



 着弾位置を確認しながら照準を修正し、さらに連射速度で圧倒することもできるのだ。



 立て続けに三発、すべてコンクリの床に吸い込まれる。


 だが老朽化した建物では火力に耐え切れず、上に乗っていた人間ごと大きく床を傾かせてしまう。


 スコープは一瞬、高層ビルからセーラー服の少女が滑落かつらくするのをとらえていた。


 けど私は結果を確認することなく、再び遮蔽物しゃへいぶつに身を隠す。



 直後にフローリングが無数の木片を撒き散らして吹き飛んだ。

 先ほどまで私が座っていた場所だ。



 やはり、もうひとりいる。



 スナイパーライフルと対物ライフル、敵の攻撃には二種類の銃が使われていた。

 ならふたり以上いると考えるのが自然だろう。



 残っているのは対物ライフルのほう。

 なら、このまま隠れていては遮蔽物ごと粉々にされるだけだ。



 呼吸をずらし、タイミングを読んで駆け出すと、またも一瞬前までいた場所が壁ごと砕け散ってしまう。



 スカートの裾が乱れるのも構わず素早くリビングを抜け、体当たりするように玄関扉を跳ね開けると、私は邪魔になったギリースーツを脱ぎ捨てて全速力で廊下を駆けていく。



 いったいどこへ? いったいなんのために?



 目的はなにか、そのためになにをすべきか。

 再び思考を純化させていく。



 敵は獲物を誘い出すため、あえて急所を外していた。


 なら通信の途絶えたクラスメイトも、まだ息がある可能性は低くない。


 だとしたら私のやるべきこととは一秒でも早く敵を仕留め、救援を要請することだ。



 脅威となるスナイパーが存在する限り、救援部隊もここまで来ることはできないのだから。



 困難なミッションを意識するほどに、またもしても勝手に口角こうかくが釣り上がり、笑みの形を作ってしまう。



 全身の血液が沸騰ふっとうし、細胞が震え、頬がなまめかしく上気していくのがわかった。



 それが闘志なのか、歓喜なのか。

 自分でも区別はつかない。



 突然、瓦礫がれきの塊が鼻先をかすめて水平に吹っ飛んでいった。

 反射的に頭を下げると、立て続けに壁に風穴が開けられていく。


 遅れて届いた音で、ようやく壁越しに撃たれてるんだとわかる。

 この廊下は建物の外からは見えない構造なのに、あいつは透視でもできるのか?


 ガンガンと警鐘を鳴らす生存本能に従い、私は応射するべく銃身を持ち上げる。


 すると壁に開けられた穴の先、スコープ越しに真っ白い髪がふわりと身を隠すのが見えた。



 嘘だろう? 本当に白百合のような髪をしている。

 噂はまったくのデタラメではないらしい。



 その隙に再び駆け出し、今度は動きを読まれないようランダムに速度を変えていく。



 けどひとり仕留めてから、敵の手数が半減したのは間違いない。

 敵はたったのふたりだったのだ。



 おそらくこちらの数が多かったため、観測手にも射撃を担当させていたのではないか。



 狙撃手というのはとかく視野が狭くなりがちで、代わりに着弾の確認や周囲の警戒をしてくれる観測手がいなくては、充分に能力を発揮できないところがある。



 なのでほとんどの場合、ふたり一組でバディを組む。



(あいつも人間なんだ)



 たったひとりでは、戦場という過酷な環境に身を置けない。

 超人的な射撃センスを持ちながら、あいつもバディを必要としている。



 つまりは、ただの人間だ。



 ようやく非常階段のある防火扉が見えてきた。

 このまま上の階へ駆け上がり、決着をつけねばならない。



 なおも銃撃音が連続し、破壊の衝撃が建物そのものを激しく震動させていた。

 だが妙だ、その音は私より下の階から聞こえてくる。



 ちょうど半開きになったドアの前を通り過ぎるところだった。


 突然、足元からふわりと重力が消失した。



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