第122話 オジさん騎士に都合のいい必殺技など存在しない 10-8



 煉華れんげの周囲には噴き上がる炎のように激しくマナが渦巻うずまくのに対し、オジのマナは薄く身体を包むだけである。



 女性としては大柄おおがら煉華れんげも、オジに比べれば小さく見える。


 それでも彼女が床をって力強く踏み込む度、石畳をくだく衝撃に巨大な大聖堂までが震えていた。



 なのに反撃するオジの足元では、砂粒すなつぶさえも振動しない。



 スピードの差に至ってはあまりに歴然であり、煉華れんげの肘から先は無数の直線をえがくようにかすみ、斬撃が銀色の帯となって網膜もうまくきざみつけられていく。



 その圧倒的速度は風さえも追い越し、するど真空刃しんくうばを発生させていた。


 けても受けても、オジの頬に、粗雑そざつ皮鎧レザーアーマーに、次々と細く裂け目が走っていく。


 オジがまだ彼女の猛攻を受け切ってるのは、ただの奇跡としか思えない。



 なにせ、



 気づけば大聖堂の屋根を半周し、徐々にはしっこへ追い詰められている。


 最大限、体力の消耗しょうもうを押さえてるつもりでも、加齢によるスタミナの低下は日々実感させられるばかりだ。



 周囲にはこごえるような風がすさび、それでも頭皮ににじみ出す汗が次から次へ垂れ落ちてくる。


 口の中には透明なよだれがき、白くけぶる吐息のせいで呼吸の乱れも誤魔化しようがない。



 剣撃を受け流し、銃撃をかわしながら、限界を訴える肺が灼熱しゃくねつし、暴れ狂う心臓は今にも破裂しそうなハードビートをきざんでいる。



 それでも勝機は遠く、勝勢は見えない。


 積み重なる疲労に押し潰されそうになりながら、ただ耐えるばかりである。



 そう、オジの人生とは耐えるばかりのものだった。



「ねぇ、まさか受けるばかりで攻め手がないなんて言わないわよね?

 ねえっ、ねえ? なにかあるんでしょう、ねえ??

 このまま追い詰められて墜落ついらくするつもりぃ? そんなの興覚きょうざめで退屈よぉ!」


「はあっ、はあ! だろうなッ」



 オジだって、自分のことを退屈な人間だと思う。


 残念ながら天才的ひらめきによる逆襲もなければ、圧倒的威力の必殺技による逆転など都合のいいこととは無縁でやってきた。



「だったら、どうして耐えてるのぉ?

 貴方には援軍なんてない。


 耐えれば耐えるほど、時間がてばつほど苦しいだけ、不利になるだけなのに、まさかただの根性論?

 コスパってものを無視した、ただのおじさんだっていうなら期待外れもいいとこよッ!!」


「こすぱ? 効率重視といった意味か」



 昔からオジは要領ようりょうが悪かった。


 コスパなんてものが重視される世の中なら、きっとオジは落ちこぼれだ。



 だがもし、ひとつだけ誇れるものがあるとしたらなにか。

 若者に伝えられるものがあるとしたら、なにか。



「いいわぁ、だったら切り札を出させてあげる!」



 間合いを取った煉華れんげが、わずかに腰を落とす。


 オジもまたするどく息を吐き出し、限界を訴える肉体にすべての精神力を振り絞って活をむ。



火生流かしょうりゅう! ついばみよぉッ」

「シールドコンバット、技名などッ――ない!」



 一瞬が無限に引き延ばされるような体感時間の中、煉華れんげの狂気が凝縮ぎょうしゅくしたように優美な曲刀が赤熱する。


 体内に宿る燃焼の〈霊素エレメント〉を操り、切っ先の一点へと集中させたのだ。



 水平に構えた一刀を圧縮されたほむらに変え、足元で屋根の一部を爆砕ばくさいさせる。


 自らが起こす条理じょうりを超えた衝撃に凄まじいバックブラストを噴き上げながら、すべてを推進力に変えて荒れ狂う猛火の突きが放たれた。



 直後、煉華れんげの顔が般若はんにゃのごとき憤怒ふんぬに染め上げられる。


 オジが突きの軌道上に盾を上げただけだったからだ。


 先ほども彼女の一刀があっさり盾を切り裂いたばかりであり、以前ただの一般兵が放った突きに貫通されたこともあった。



「防げるはずないでしょぉぉぉッ!!!?」

「……耐えることだけだ」



 なんと烈火れっかの突きがただのラウンドシールドに跳ね返り、盾の表面をすべっていく。


 そして、刃を喰い込ませたまま――止まる。



 驚愕は遠く、理解さえ浸透しんとうしない。


 一瞬よりも、さらに短い時間!

 すでにオジは盾を返し、刀ごと煉華れんげの手首をげている。



 彼は魔法を不得手ふえてとする代わり、体内の霊素を操るすべにはけていた。


 実はそれは、身体の延長と思えるほど使い込んだ道具にも適用される。


 よろいもブーツも、彼にとっては肉体の延長、魂の一部なのだ。



 さらに重装騎士として幾度も死地を乗り越えてきた経験は、自身が“盾”と認識したものにも強制的に適用させるに至っていた。


 だから木の盾だろうと、ただのベッドだろうと、弾丸の貫通さえ許さぬ強度を得る。



おのれが生き残るため、仲間を守り抜くため、私はずっと耐え抜いてきただけだ!」



 もっとも、妖刀がまとう灼熱しゃくねつまでは防ぎようがなく、木製部分を瞬時に発火させる。


 それでも煉華れんげは驚きを飛び越し、つか、顔中を恐怖にらせてしまう。



 無防備な肩口に向かい、オジは片手剣を袈裟斬けさぎりに振り下ろす。


 真っ向からぶつかる運動エネルギーを武器に、腰を重心とした遠心力によってはがねの重量をさらに加速させる。


 胴体を斜めに両断するであろう、会心の一撃だった。



 だが直後、甲高かんだかい断裂音が鼓膜に突き刺さり、オジの垂れ目がちの瞳が大きく見開かれる。


 やはり、勝機はまだ遠い。


 回転しながら宙を舞っていくのは、半分に折れた片手剣の先端のほうだった。



 袈裟斬けさぎりが決まる寸前、煉華れんげはすでに得物えものを捨てていた。


 代わりに手のひらで無数の立方体が浮き上がり、すぐさま別の刀を顕現けんげんさせて首を守ったのである。



 きたげられたタングステンとやらの強度に負け、はがねの剣が真っ二つに断裂してしまったのだ。



 オジは〈武器ロッカー〉のことなど知らない。

 だから、予想できるはずもなかった。



 またも、繰り返してきた敗北の記憶がよみがえってくる。



 ただの凡人が天才に囲まれながら旅をしてきた。


 楽な戦いなど一度としてなく、訓練でも、実戦でも、常に相手はオジよりはるか格上だった。



 劣勢れっせいに親しんできた。

 敗勢こそ日常だった。



 代わりにオジは誰よりも格上の相手と戦うことなら慣れていた。


 気づいていたわけでも、知っていたわけでもなく、むしろ信じていたと言っていい。



 真に才能溢れる人間とは、窮地きゅうちをものともしないということを。


 裏をかき、勝利を確信するような一撃を放つときこそ、必ずダメ押しの追撃が必要になると信じていた。



 だから完全に予想外だったにも関わらず、オジの身体はさらに間合いを詰めている。



「ぬぉおおおおおおおッ!!!」

「ウソぎゃッ!!?」



 烈火に燃え上がる盾が整った鼻筋をつぶし、煉華れんげの真っ赤な唇をめくり上げて叩きつけられる。



 力任せに盾でなぐるだけのシールドバッシュ

 ――もちろん、技名などない!


 あえて言うならば、それはおじさんなら誰しも持っているだった。



 煉華れんげの長身が砲弾のような勢いでかえされ、ドーム状の屋根に破滅的な勢いで叩きつけられた。


 地震でも起きたような衝撃に銃手たちも足元をぐらつかせる。


 いにしえのファラオの象徴たる建造物に蜘蛛くもじょうにヒビが走っていき、やがて致命的な破壊となってとどろいた。



 それでもオジは手繰たぐせた勝機を掴まんと、折れた剣を握って迫る。


 煉華れんげもまた三半規管の乱れに瞳孔どうこうを細かく震わせながらも、すぐさま退すさり……



 二人して天井の崩落に巻き込まれてしまう。


 吹き下ろす土煙が爆発的に広がり、オジもまた大量の石材とともに墜落しながら、聖堂内に中佐の姿があるのを認めていた。



「バカな! なにをやっているのよ、煉華れんげっ!?」

「言ったはずだぞ、逃がしはせんとッ!!」



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