第121話 オジさん騎士は脳裏に敗北の記憶をよぎらせる 10-7



 オジ・グランフェルは自分の強さに、まるで自信など持っていなかった。



 産まれた村には、やがて勇者と呼ばれる少年がいた。


 彼と出会った時点で早くも無根拠な自信に亀裂を入れられ、

 その後、何度も何度も敗北を味わい、辛酸しんさんめ、

 無力に打ちひしがれるうち、

 それは砂漠の砂のようにこまかく、乾いた風にさらわれ、もはやどこにいったのかもわからないほどだ。



煉華れんげ! まずはそいつをここから引き離しなさい」

わたくしもそうしたいと思っていたところよぉ」



 紫明院しめいいん 煉華れんげという発音の仕方もわからない名をした女はオジとつばうまま、こちらの巨体を容易たやすく押し込んでいく。


 かろうじて身体を斜めに力を逃がすも、次の瞬間、背中から石の壁がくだるほどの勢いで叩きつけられる。



「さあ、今宵こよいのダンスパートナーは貴方につとめさせてあげるわねぇ!」



 オジは土砂崩れのごとく石材の破片と一緒になって転げ落ち、大聖堂の丸い屋根にへばりつくようにしてさらなる落下を防ぐ。


 そこへすぐさま優美な曲刀が銀の残光をいて頭上を襲った。



 四肢ししを伸ばし、さらに後ろへ退くも盾の端が斜めに切り落とされてしまう。


 銃弾さえも喰い止めてくれたオジの盾が、ただの一刀で両断されたのだ。



「体内の霊素を操り、身体能力を強化しているのか」


「つまり貴方とわたくしは同じタイプの戦士ということねぇ!

 早くっ、ねえ早く! 一緒に踊り明かしましょうよぉぉ」



 煉華れんげは狂った笑みで口の端が耳元に届くほどとろけさせ、なおも加速する。


 細切れに切り裂かれる大気が甲高かんだかい悲鳴を上げ、足元では歴史を刻む頑丈な建材が衝撃に耐えかねて縦横にヒビを走らせていた。



 オジも負けじと片手剣を合わせ超高速の斬撃を打ち落とすものの、よほどの業物わざものなのか。


 打ち合うほどにはがねの剣が、少しずつけずられていく。



 まったく、少しでも強い敵が現れるとこれだ。



 追い詰められるほど、どうしてもオジの脳裏にはかつて繰り返してきた敗北の記憶がよぎってしまう。



「どこにでも売ってる一般兵と同じ鉄の剣で乗り込んでくるなんて、正気なのぉ?

 私の嫁入り道具はすべて、強化タングステン製の業物わざものだけだっていうのにねぇ」


「くっ、オリファルコンでも、ミスリルでもない希少金属か」


「言っておくけれど、準備不足は兵法ひょうほうの軽視でしかないわぁ!

 常在じょうざい戦陣せんじん の心構えがなっていない、武器の差は言い訳にしないでほしいものねぇ」



 言われなくても、そんな気はない。


 オジは横薙よこなぎの一撃を避け、足場の悪いドーム状の屋根から滑り落ちるように離脱をはかる。



 屋根の外周には平行な足場が細く残されており、そこで体勢を立て直そうとしたのである。


 だが、即座にサブマシンガンAPC9がけたたましい咆哮ほうこうを上げて猛烈な掃射そうしゃを浴びてきた。



「邪魔よぉ! 余計な手出しはしないで欲しいものねぇ」

「中佐の命令です。確実に仕留めろと」



 仲間割れか?


 おかげで銃弾に貫かれるよりわずかに早く、オジは大聖堂の丸屋根を盾に射線を逃れることができた。



 中佐とやらは、まだ寝室に残っているのか。


 魔晶灯ましょうとうに伸びる影が寝室の中で動き回るのを、このときチラリと確認していた。



 まさか、オジの倒した兵を治療しているのか?


 簡単に復帰できるようなダメージではないはずだが、影の動きは誰かを助け起こすものに見えたのだ。



 大聖堂の下でも騒ぎに気づき、僧兵たちが大わらわに集まってくるのが見えていた。


 階下に突き落とした魔女たちにもまだ息があるらしく、銃口を向けて彼らを牽制けんせいしていた。



「撃ってはダメよ! 私たちの正当性が疑われる」



 中佐がベランダから顔を出し、集まってきた信徒たちにも声を張る。



「最高司祭のネジェドが殺されたわ!

 下手人は屋根の上に追い詰めたところよっ」


まどわされるな! この場から逃げ出す者こそ敵だッ!!

 帝国の魔女どもに潜入されているぞッ」



 すかさずオジも限界まで横隔膜おうかくまくを振動させ、大音量のバリトンで反論する。



 神殿内の人間にも、まだ状況が呑み込めていないのだ。


 いずれの言葉が真実か、どよめきながら互いに顔を見合わせている。



余所見よそみはやめなさぁい!

 まだダンスの途中でしょぉ!?」


「周囲を固め、誰も逃がすなッ!!」



 オジは再び肉薄する煉華れんげを迎え撃ちながら、信徒たちに現状維持を訴える。


 どうやらこの場の勝者が、カガラムの命運を握ることは変わらぬようだ。



 だが顎先あごさきかすめる刃が闇を断裂し、風を寸断させる。



 その刀身は凄絶せいぜつな美しさをもって輝き、オジの命を刈り取ろうと星明かりに赤くひらめいていた。


 おそらくは妖刀のたぐいか。


 大量の血を吸ってきたものだけが放つことができる妖気をまといつかせている。



「キャハハハハハハハッ!

 上手よぉ、もっとたのしませなさぁいッ!!」


「まだまだ遅れは取らんっ、ぬぉおおおおおおおッ!!」



 加熱していく空気の中、気迫と狂笑が溶け合い、剣戟けんげきが交差する。


 その度に宵闇よいやみく、爆発じみた火花とともに橙光色とうこうしょくの輝きが膨れ上がる。



 咲き乱れるまばゆい衝撃が、角度を変えながら繰り返し両者の顔を照らし出す。



 しかしいつの間にか二人の銃手も屋根へ移っていて、一瞬の隙に割り込んで銃弾の雨を降らせてきた。



 屋根の上をねまわる弾丸が危うく身をかすめるも、すぐに煉華れんげが間合いを詰め直して射線へ割り込んできた。



紫明院しめいいん軍曹! 死にたいんですかっ!?」

「愛する二人のワルツに割り込むほうが、余程よほど無粋ぶすいというものよぉ」



 まるで恋人のような言われ方には反論したいところだが、誤射ごしゃを恐れる銃手は攻撃を中断してしまう。



 もっとも、礼を言う気にはなれない。


 なにせ煉華れんげはオジを熱くみつめたまま、月黄色ルナティックイエローの瞳を狂的に収縮させている。



「ごめんなさぁい?

 睦言むつごとを交わすなら、もっとふさわしい場所へ行きたいところだけど、そうもいかないようよぉ」


「笑えんな! 血の通わぬ言葉には心が通うこともないっ。

 愛がなければ、愛をささやくことなどできはしない!」



 ただ、こうも粘着質に間合いを詰められては、オジにも息を整えるいとまがない。



 対する煉華れんげは若さという無尽蔵むじんぞうのスタミナで頬を上気させ、息を荒げながらもなおも加速してくる。


 いつ押し切られてもおかしくないギリギリの戦いが果てることなく続いていた。



 オジはやはり、自分をただの凡人なんだと思う。



 若い頃は経験豊富なベテランにせられ、歳を取ってからは勢いのある若手に押されている。



 なお恐ろしいのは、この娘の剣術はまだまだ成長過程にある未完のものだということだ。


 圧倒的な伸びしろを持つのは、彼女のほうだった。



 オジはもう身体のおとろえを少しでも遅らせ、過ぎ去った全盛期の自分にしがみつくことだけで精いっぱいという歳だ。


 おじさんとバカにされるのも、あるいは仕方ないのかもしれない。



 事実、それは同じように身体強化をする二人がまとうマナ発光の量や質にも大きな差となって表れていた。



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