第122話 JK狙撃手はいつでも銃の付属品になれた 11-6



 やさしくさとすような口調にも関わらず、セトくんははじかれたように振り返り、どっと冷や汗をにじませる。



「ご、ごめんなさい!

 僕のせいで計画を早めなきゃいけなくなったのに、まだお姉さんを説得できてなくて」


『いいのよ、セト。

 私もその子となし崩しに戦闘になるのはけたかっただけ。

 少しの間、神殿から遠ざけてくれれば十全じゅうぜんよ』



 やはり、この鐘楼しょうろうに誘い込まれたのは意図的なものだったらしい。



「え? 僕を、しかりに来たんじゃないの?」


『おかしな子ね、私が一度でもあなたに愛情のないしかり方をしたことがある?』



 一瞬、セトくんの瞳からフリーズしたときのように光が消える。



「一度もないよ!

 お母さんが叱るときは、



 醜悪しゅうあく過ぎる。


 たとえ戦場じゃなくても、こいつを射殺するのは合法じゃなかろうか。



 でも、このドローンから流れる声には聞き覚えがあった。



「カガラムの聖女、ミメイ」


『貴女までずいぶん他人行儀な呼び方をするのね。

 それとも、あたしも貴女をJKと呼べばいいのかしら?』



 あのときのファタルさんとはあべこべだけど、このやり取りにも覚えがある。



「こないだ神殿の裏にいた女か」

『ふふっ、やっぱりどこかから見ていたのね』



 こちらの敵意にもかまわず、ミメイの声には不快なまでに親愛が込められていた。



『貴女がカガラムの中央広場に来てるのはわかっていたわ。

 私をみつけて声をかけてくれるかもしれないと期待していたんだけど、さすがに無理があったかしら。


 二十年、私は貴女を待っていたのよ』


「私の、知ってる子なの?」


『貴女……ひょっとして、私をリセットしたの?』



 思わず息を呑む。

 リセットのことまで教えていたなんて。


 かつての私は、よほどこの女を信用していたらしい。



「夜、なんて言葉を広めてるのも貴女なの?」


『タタン? ああ、ヨルってことね。

 通信機を通すと、私たちが使う言葉にも〈ライブラリ〉が適用されてしまうのよ。

 こちらの世界では、固有名詞が伝わりづらくて困るわ』



 ひょっとして〈ライブラリ〉の翻訳ほんやく機能きのうは、他の転移者とも共有なのか?


 次々と衝撃的な事実が明かされていく感覚に、知らず鼓動を乱してしまう。



 ドローンに取り付けられた単眼レンズがこちらに向けられ、ピントを調整するように動く。



『それは変装でもしているつもり?』



 ドーランを塗りたくったフェイスペイントのことを言ってるのか、偽装に気づかれているのか。


 あたしは一瞬、判断に迷って沈黙する。



『けど、やっぱり若いわね。

 転移の際、時空を超える関係でどうしてもタイムラグが生じるらしいのだけど、まさかここまで待たされるとは思わなかったわ』


「……まさか、転移の理由がわかるの?」


『貴女さえ望むなら、もっと多くを教えてあげることもできるわよ。

 私ももっと近くから顔を見てあげたいしね。


 でも負傷した兵を回収するのに手間取っちゃって、残念ながらあまり時間が取れそうにないの』



 ミメイが口の中で笑いを転がす奥で、足早に階段を下りる音が響いていた。



 大聖堂の屋根ではまだ、二人の戦士が激しく斬り結んでるらしい。


 だが、男のほうが徐々に端のほうへめられていく。



 どうやら体勢を立て直そうとする度、背後から二人の銃手にサブマシンガンを乱射され、身体の位置を入れ替えられずにいるようだ。



 その激戦の余波が、かすかにスピーカーとだぶって聞こえていた。



 ミメイもまだネフェル神殿にいるのか。


 あたしはドローンへ見せつけるように、今度こそ銃口をセトくんに照準した。



「この子がファラオなら、貴女たちは大事な手ゴマを失うことになると思うけど」



 時間が限られてるなら、それこそ相手のペースに合わせるべきではない。


 あたしの聞きたいことにだけ答えてもらう。



「転移の目的は? 誰が、なんのために仕掛けたの」


「……お姉さん?」


『大丈夫よ、彼女は撃てない。

 だって、私のことも撃てなかったんでしょう?』



 動揺するセトくんが、銃口とドローンを交互に見ている。

 あたしはまたも沈黙を守ることしかできなくなる。



『私が神殿の裏にいたことを知ってるなら、そのとき撃つこともできた。

 でも貴女はそうしなかった、違う?』


「質問に答えて」


『貴女にだって心があるのよね?

 だからリセットなんて能力を使って、心を守らなくちゃいけない。

 私も貴女に傷ついてほしくないわ』



 あたしにまで、まるで母親のような口調で話すことに虫唾むしずが走る。


 けどそれが通じないとさとってか、今度は軍人らしく語気を強くさせる。



『では言い方を変えるわ。

 私なら貴女を元の殺人鬼に戻してあげられる。その後で私を撃てばいいじゃない。

 少なくとも、それまで息子を撃つ必要はない』



 まさか勧誘が目的か。

 だとしたら、この人はやっぱりあたしを知っている。


 躊躇ためらいを押し殺そうとする内面の葛藤かっとうさえも、見抜かれてるというのか。



「お、お母さん、待ってよ!

 お姉さんも、そんなことしないよね、ね?」


『いいのよ、私も貴女にはウソをつかない』



 もはやセトくんを制する声にも確信が込められている。



『戻ってきなさい。でなければ、教えることはできないの。

 私の命を取るのは、その後でもいいはずよ』


「信用できない」


『でも時間がないのよ。

 すべてを知れば、きっと貴女は私の味方をしてくれる。

 私にはあなたの力が必要なの』



 ああ、きっとあたしとこの人はかつて深く信頼し合っていた。


 確信の熱が胸に押し寄せ、同時に頭のしんが冷え冷えと凍りついていく。



 だって、この人は勘違いをしている。



 確かに今も葛藤かっとうしている、どれだけ自分に言い聞かせても躊躇ためらいは消えてくれない。


 この悲しみも、この迷いも、どうしようもない寂しさも、友情も親愛も、大切だった思い出も、全部全部、痛みを感じられることさえも、かけがえのないことだと思っている。



 あたしにだって、心はあるから。



 それでも、あたしはセトくんの命に向かって引き金を引くだろう。


 かつて子ネコを撃ったときと同じように。



 あたしは感情なんて関係なく、ただの銃の付属品となって、ただやるべきことを実行することができた。



 セトくんをまだリセットしていないのは、訊問じんもんの必要があったからだ。


 けどもう、彼にそんなことをする必要はない。



 その上でこの女を殺せば、ミッション完了。



 すべてを忘れて、また楽しくハッピーなあたしに戻ることができる。


 できるのだ。



 でも、だからこそそんな自分は見せられなかったんだろう。


 かつての友人にも、思い出せない他の誰かにも、その人のことが大切なら大切な分だけ、汚く醜い自分を見せられない。



 あたしのために悲しんでくれる誰かのことなど、忘れていたい。



 だから、この女は知らない。


 あたしが容赦ようしゃなく子供を撃つところなど見たことがないんだろう。



 けど事実、指先はすでにトリガーの遊びを越え、さらに引き絞られようとしている。


 手足の一本も吹き飛ばしてから、あらためて質問すればいいだけだ。



 あたしはかすかな抵抗とともに今にも打ち込まれようとする撃針げきしんの存在を感じながら――



 突然、鼓膜こまくを突き刺すハウリングとともに爆音じみた破砕音はさいおんが響き渡った。



 それは、かつてファラオの宮殿だった。


 カガラム最大の建造物たる大聖堂の天井が派手に崩落ほうらくし、長身の偉丈夫いじょうぶなかば墜落するように死地しちへと飛び込んでいく。



『バカな! なにをやっているのよ、煉華れんげっ!?』

『言ったはずだぞ、逃がしはせんとッ!!』



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