第15話 オジさん騎士、砂漠の戦場にネコをみつける その6



 オジは一瞬早くくらを蹴っていたものの慣性の法則に従い、正面のオーガへ向かって錐揉きりもみ状に回転しながら放物線を描いていく。



 満面の笑みで勝利を確信するオーガは、岩石の棍棒をスイカ割りでもするように振り上げる。



 対する騎士は未だ手綱たずなの感触が残る左手を、静かに斧槍ふそうバルディッシュへ重ねていた。


 たちまち湧き上がる憤怒の情とともに額の血管が浮き上がり、全身の霊素エレメントから大量のマナが爆発的に弾け出す。



 オーガもまた生まれ持った巨躯きょくを武器に、手にした得物をくうに残像を刻んで振り下ろす。


 直後、オーガの表情が疑問に染まる。

 確かに捉えたにも関わらず、手応えがなかったせいだ。



 まるで真相を告げる名探偵のように物静かに、騎士はその背後へ何事もなかったように着地を決める。


 わずかに遅れ、棍棒を握ったままの手首がふたつ、円盤状に回転しながら砂の上に突き立てられた。



 超重量の武器は両手で握ってこそ、初めて真価を発揮する。

 斧槍の軌跡を辿たどる銀の斬光が、一瞬早く大鬼の両腕を切断していたのだ。



 オーガは両手から血のシャワーを噴き上げながら絶叫し、しかし悲鳴は唐突に寸断される。



 突如、大口の中へ飛び込んだ飛翔体が、運動中枢うんどうちゅうすうを司る延髄を完全に破壊してしまったのだ。


 大鬼の巨躯がまるで溶けるように、垂直に崩れ落ちていく。


 JKの仕業と理解するものの、心の中では驚嘆が荒れ狂う。



(この距離でも、これほどの威力か!)



 しかし、それ以上考える余裕はない。



 オジを取り囲むオーガたちが、なおも襲いかかろうと棍棒を振り上げる。


 一斉に岩塊を打ち下ろされる轟音が危うく耳元をかすめ、間一髪、股の下をくぐり抜けていた。


 そのまま砂の上を滑ってアキレス腱をし斬ってやる。



 巨躯が膝を突くや、直後にまたも高速で飛来する飛翔体がオーガの眼窩がんかを抉って命の脈を断った。



 通常、魔法というのは使用者から距離が離れるほど威力が減衰する。


 だというのに小鬼ならまだしも、大鬼を絶命させるほどの破壊力を維持してるとは信じがたい。



(だが、ならば敵の動きを止めるだけで充分だ!)



 今はそれを最大限に利用させてもらう。



 正面から踏み込んでくるオーガに合わせ、オジは相手の膝に足をかけて跳び上がる。


 下顎にラウンドシールを叩きつけるや、骨を砕く衝撃音とともに、肉の潰れる柔らかな感触が生々しく伝わってきた。



 そのままオーガの肩まで駆け上がり、けつくような大気に身を躍らせる。


 あとは飛翔体が超高速で空を切り裂く音を耳だけで確認し、振り返らずに足を動かし続けた。



 オジは自分が凡人に過ぎないことを、よく知ってるつもりでいた。


 勇者などという規格外の英雄と旅を共にしたことで、荒療治的に鍛えられてしまっただけで性根はとことん凡人に過ぎない。



 今も相手が、なんとかなっているだけだ。



 強い仲間がいるなら、その力に頼るのは当然のことでしかない。

 凡人はお膳立てをする引き立て役で充分だ。



 いよいよオーガの戦列をも抜ける。



 すると、敵の本陣はもはや目と鼻の先となっていた。


 未だ将を失った混乱を引きずり、兵たちはひと目でわかるほど狼狽ろうばいあらわにしている。



 ここまでの敵に比べれば、なんということはない弱兵だ。



 とはいえ未だ統率を失うことなく、すぐに逃げ出そうしない辺りはさすが帝国将兵と言えるだろう。



 なにせ将が討たれたとて、数的優位まで覆されたわけではない。

 側近たちの機転次第では、充分に立て直し可能な状況なのだ。



 だからこそ、叩けるときに徹底的に叩く必要があった。



 だが突然、怪鳥けちょうのごときいななきとともに重々しい地響きが轟き始めた。



 オーガと並ぶ巨体に破城槌はじょうついを思わせる特徴的な頭骨を誇る、巨大なトカゲのごとき四足獣。


 歩く攻城兵器ハンマードレイクの群れが、横一線に並んで突撃してきたのだ。



 いくらバルディッシュでもヤツの頭骨を砕くことはできない。


 オジは武器を投げ出し、他にどうしようもなく正面からの押し相撲を選択させられる。



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