第11話 オジさん騎士、砂漠の戦場にネコをみつける その2
少女の頭では、ネコ耳型のフードが揺れていた。
砂漠の民から
ネフェルは二足歩行するネコのような姿で
もっとも額のところに染め抜かれた真っ黒く塗り潰しただけの目玉は少々不気味で、オジが一瞬、ビクっとなったのは秘密である。
「ねえーおじさーん、聞いてるー?」
少女の持つ
魔法使いの知人は他にもいたが、オジもこんな杖は見たことがなかった。
「そのおじさんというのは、やめていただけませんか。
私以外にもおじさんがたくさんいるでしょう?」
「? 若い人はみんな、おじさんのことはおじさんって呼んでるじゃん」
「はい?」
「おじさんだから、オジなんじゃないの?」
フードの下から
しかしなぜ、
感性が独特過ぎてついていけない。
それとも、これがジェネレーションギャップというものなのか?
「とにかく、周りからも判別できる呼び方をしてください」
「じゃあオジ」
まさかの呼び捨てに、隣で副長が蒼白になってオジの顔色をうかがってくる。
「わかりました。それでかまいませんよ」
「よ、よろしいのですか、グランフェル卿!?」
「恐れ知らずでいられるのは、若者の特権でしょうから」
確かに若い娘から呼び捨てにされるなど、ずいぶんひさしぶりのことだった。
だが無職のおじさんに
オジとしては他の兵からも、もっと気軽に呼んでもらいたいくらいなのだ。
ただ、副長が気にするのは少女の服装のせいもあるんだろう。
巡礼者のローブで隠しているとはいえ、彼女のまとう〈戦術セーラーふく〉という民族衣装は、おじさんたちにとってあまりに衝撃的なものだった。
彼女の周囲をかこう弓兵たちも、先ほどから目のやり場に困って気まずそうにしてるくらいだ。
オジとて、あんなに短いスカートは齢四十二にして生まれて初めて見た。
最初に砂漠で迷子になったという彼女を保護したときも、てっきり追い剥ぎにでも遭ったんだろうと思い込んだほどだ。
少なくとも
ほぼ確実に偽の巡礼者だろう。
とはいえ、旅の女性が巡礼者を装うのは身の安全を図る上で、当然の配慮でもある。
だからオジも深くは追及せず街まで送り届けたのだが、どうしたわけか彼女は魔法使いを自称し同じ傭兵隊の戦列に加わっていた。
そして今も同じスカートで、ちょうどYの字になるよう両脚を大きく開けて伏せている。
これでは娼婦かなにかと間違えられても文句は言えない。
そういった仕事に就く者が貴族にタメ口をきくなど、絶対にあり得ないタブーなのである。
もちろんオジには関係のない話だ。
「では貴女のことは……そうですね、JKと呼びますがよろしいですね」
「は? なんで??」
彼女を本名で呼ぶには、舌を噛みそうな妙な発音をせねばならない。
オジも戦闘中に舌を噛み切って失血死するのはごめんだった。
「貴女のイニシャルでしょう?」
「絶対に違うと思うけど」
この子はやけに冷めてるというか、笑っていても鼻から上の表情がほとんど変わらない。
その彼女が露骨に眉をひそめている。
「グランフェル卿、Kは高貴な方しか名前に使いません。
JCのほうがふさわしいのでは?」
「いやいや、JSだろ! 俺の故郷じゃ、Sの発音が近いと思うね。
なあ、JS?」
副長がもっともな指摘をし、新入りのタリムがさらに被せてきた。
だが少女は眉間の
「バカが! 片田舎の方言がありなら、JTとかでもいいことになっちまうぞ」
「発音しない文字が含まれてて、実はJAってパターンもあるからな」
周りの弓兵まで会話に加わり始め、いよいよ収拾がつかなくなる。
仕方なく彼女に自分で選んでもらうことにした。
「じぇ、JKでおねしゃっす」
いったいなにがそんなに気に入らないのか、JKは酷くゲンナリしていた。
「それで、JK? 私に言いたいことがあったのではないんですか」
「あー、実はちょっとわけわかんなくてさ。
アレってなにが目的? マジで意味不明過ぎん?」
「アレとは?」
「だからアレ」
JKは敵陣のほうを
そのとき突然、敵のほうから大音量でネコの鳴き声が聞こえ始めた。
何事かと呆気にとられる者、急に悲鳴を上げ始める者まで現れ、たちまち味方の陣地に動揺が広がっていく。
「もしや!」
慌てて遠眼鏡に目を当てる。
確かに情報は聞いていた。
だがこれは、最悪の形で敵に利用されることになったのかもしれない。
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