19


るいを頼るのは、いささか早計かも知れんなぁ』


 外気が、ぐっと冷え込む朝ぼらけ。

 檜扇の先で、執務机に広げられたくだんの煙草をつつきながら、すいしゅは思索を巡らせた。


『要するにだな、この煙草を作った者が、錘のどこかにいるのだろう? ま、彼らが、この煙草が身体に害あると認識せずに売っていた可能性もなきにしもあらずだが──……』

 錘主の扇が、の傷をひたりと指す。

『君を襲ったことを鑑みるに、あまり好意的な見方はしない方が良さそうだ』


 果朶の頬には、その時、やっと手当が施されていた。

 朝の四時ごろ、錘主夫人に率いられた侍女たちがすいないくうからやって来て、徹夜の官吏たちに軽食を差し入れたのだ。

 挽肉と一緒に煮込んだ粥を各部局に配り終わった錘主夫人一行は、最後に錘主の執務室にやって来た。そして、止血程度の処置しかしていなかった果朶の傷に目を止めると、消毒をし、軟膏を塗ってくれた。

 錘主の婚姻は政略的なものだろうと思い込んでいた果朶にとって、夫妻の仲が睦まじげであることは少なからず意外だった。


『吸引した者が、やがては死に至る煙草──それは、誰にとっても意図的に作れるものか? 答えは否だ。少なくとも、それなりの知識が要る』


 油紙の上にこんもりと盛られた煙草の葉は、砂糖で煮詰めた果実のような甘い香りを漂わせている。

 煙草葉と香草を刻んで作った、ごく標準的な煙草だった。見た目は出涸らしの茶葉にも等しい。


『もっと言えば、それなりの植物の知識が、な。さて、この国で最も植物に詳しいのは誰だろうなぁ?』

 錘主が言わんとすることを察して、果朶は思わず顔をしかめた。

 岩肌の上に展開されたこの都市は、そもそも頻繁に植物と接することのできる者自体が限られている。


『つまり、二類のじゅが煙草の調合に関わったと?』

『可能性は、捨てきれんと思ってなぁ』

 錘主は、軽く嘆息する。

 形の良い唇で、淡々と根拠を述べる。

『なにせ二類は、末端の師儒まで碌に管理しきれていない。現在の二類塔とうしゅは、貴族でも何でもないんだ。実家は中層域の紙職人。平民というだけで侮る者は、どこにだっているだろう?』


 果朶は浅く頷いた。それは、予科生だった頃によく感じていたことだ。

 この国の頂である錘主が、その点を指摘したのは意外だった。


『逆にめいれいなぞは、見ての通り愛想はないが、統率力だけやたらとある。三類の名を、ひいては鄍翅令の名を汚す行為は、けんえいさんを敵に回すことに繋がりかねんからなぁ。たとえ私的な場において、悪事をそそのかされたとしても、三類の師儒はほとんどが断るだろう』

 けれども二類は、そうはいかない。

 さて一体どうしたものかと、錘主は目を細めている。


『──ぼうは、どうでしょう』


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