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「しかし、果朶。我らが組合は逃げないが、揚げたては今しか食べられないのだ」
「今しか食べられないのだ。熱々のきな粉揚げ
果朶は眉間に皺を寄せた。まったくもって、言葉巧みに人の胃を刺激してくれるではないか。
足音は続いている。たったったっと、軽やかに鳴っている。
「……はあ、仕方がないな。それじゃあさっさと買っちゃって、食べながら組合に行こう。まあ、行儀は悪いけど。えぇとご主人、きな粉揚げ
──どん、と。
鈍い衝撃が身体に走った。
咄嗟に。なにが起きたか、分からなかった。
気付いた時には仰向けになっていて、温かくて重みのあるものを腹部に乗せた状態で、きな粉揚げ
「わっ、ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」
若い女の声がした。底抜けに明るい声だった。
こちらを心配してくれていながら、すべての憂鬱をぱっと吹き飛ばしてしまいそうな、そんな朗らかな響きを秘めていた。
「大変、えぇと、お怪我とか──……」。
女の声が不意に途切れる。
ずきずき痛む腰を庇って、
果朶の太ももに跨るような恰好で、一人の少女がぺたんと尻を付いていた。
十六、七歳くらいだろうか。仔鹿を思わせるつぶらな瞳は、なにか信じられないものでも見たかのように、大きく開かれている。二つに分けられた黒髪は、左右の耳元でくるりと円く留まっていた。
果朶は首を横に振った。
「や、大丈夫。むしろ俺が悪かった。通路の真ん中で立ち止まってたから、邪魔だったでしょ。怪我はない?」
加速していた分、衝撃が強かったのは彼女の方であるはずだ。捻挫などしていないだろうかと、果朶は少女を覗き込む。
彼女の顔が真っ赤になった。なにかを言いかけて唇を持ち上げて、けれども相応しい言葉が見つからなかったように、再び閉ざした。
「おお、これはお約束というやつなのだ。人情本や芝居などで、よく見るお決まりの展開なのだ」
「お決まりの展開なのだ。街角でぶつかり合った男女が、そのまま恋に落ちちゃうというやつなのだ」
「というやつなのだ」
果朶はぎろりと二人を睨んだ。奢るつもりで取り出した小銭入れなので問題ないが、彼らの発言は少女に対して失礼過ぎる。
「やつなのだ、じゃないんだよ。そんなこと言われるお嬢さんの気持ちも考えてみなって。あんた悪いね、連れが変なこと言って──」
「……いいえ」
震える声が耳に届いて、果朶は怪訝に振り返った。
少女の双眸は潤んでいた。今にも泣きだしてしまいそうな黒い泉に、眉をひそめた己の顔が映っている。
ふわりと清涼な
「いいえ。失礼なんかじゃありません。だって私、あなたのお嫁さんになりたくて」
その場の誰もが動きを止めた。
果朶はぱちりと瞬きをした。聞き間違いかと思ったのだ。夜勤明けで、頭や耳が上手く機能していないのかも知れない。
「ええと、ごめん。今なんて?」
少女は息を吸い込んだ。白鳥のようにか細い首が仰け反って、果朶に向かって渾身の一言を繰り出した。
「あなたのお嫁さんになりたいんです! 私と結婚、して下さい!」
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