21


「……別に。気象望きしょうぼうは、昔から得意だったし」


「だったら」

 弱々しい小さな声が、果朶かだの台詞に割り込んだ。


 四汪しおうが、途方に暮れた顔つきをしていた。人混みで、家族たちとはぐれてしまった幼子のようだった。

「だったら、どうすれば、いいと思うの。……果朶さんは」


 果朶は、はたと口をつぐんだ。


 ここに至って思い返せば。


 果朶は結局、四汪たちが取り組んできたもののすべてを、否定したことになるのだった。


 設計図も、動力も。貴重な休日を返上し、専門外の分野であるにも拘わらず、真摯に向き合ってきた彼らの努力を。


 四汪しおうが、傷ついて挫けそうになるのも無理はない。

 果朶の説明に納得できても、心に整理を付けることは、また別の問題だ。


 そうと気付いた瞬間に、果朶は、なにかを考える暇もなく、四汪の正面にある圏椅いすに腰を下ろして、親愛の意を込めて微笑んでいた。


「なんて顔してるわけ? 別にさ、あんたが組んでくれた晶汽しょうきが、まったくの無駄になるってわけじゃないんだよ。地上を離れた乗り物が、一定の高度まで到達するまでの間なら、十分に活用できる」


 拡大鏡を手に取って、先ほどまで四汪が作業していた漆喰の小箱を引き寄せる。


 漆喰の小箱は、几園きえんが用いた硝燈らんぷとは異なって、果朶にとって既知の部類に含まれる道具だった。

 そのことに僅かな安堵を覚えながら、果朶は、四汪が編んだ晶汽の構造を確認する。


「それに、動力の勢いを強くしている構造がどの部分か分かったら、調整次第で他の局面でも使えるはずだよ。分かる? ほら。ここ──」


 晶汽の編み手は、〈編匣へんごう〉という漆喰の小箱の中で、それを行う。


 晶汽は、拡大鏡でよく見ると、五つの辺を持っている。陰晶であれば辺に加えて、鉤型かぎがたの窪みがある。陽晶ならば、突起があった。


 編み手は針のように細い鑷子せっしで、一つ一つ晶汽たちを組み合わせていく。けれども、再現する游子によっては、編んでいる途中であっても、晶汽が熱を発したり風を起こしたりする場合があった。〈編匣へんごう〉を用いるのは、そのためだ。

 漆喰の箱は、熱が発生しても傷みづらい。また、四つの側面があることで、晶汽の動きも制限された。


「結合相手のいない陰晶が、一つの核構造に対して五つも六つも付属してる。見える? これをいくつか陽晶と繋げてあげて、代わりに、中央部分の構造を作ってる中晶を、右端の構造と置き換えてやれば──……」


 晶汽の編み出しとは、試行錯誤の連続だ。


 こつこつと分析し、丁寧に再現し、それでもなお、思うような仕上がりにならないことは少なくない。長い時間をかけたにも拘わらず、初めからのやり直しだ。


 無限にも思える繰り返しに、うんざりさせられる瞬間は数知れない。三類を志望していた果朶でさえ、何度投げ出したくなったことか。


 その感情を、身をもって知っているから。

 なおのこと、自らの振る舞いが原因で、誰かのやる力を削ぐような真似はしたくなかった。


「……あっ」

 四汪しおうが目を丸くする。

 果朶が告げた変更点を、頭の中で、加えてみたに違いなかった。


「本当だ。晶汽と、晶汽の……結び付きが強くなって。代わりに、運動の、勢いが落ちる。滑らかになる……」


 ちょっと試してみてもいいですか、と。

 そう口走った四汪は、果朶の返事を待たずして、編匣へんごうと拡大鏡を取り上げた。鑷子せっしを手にし、次々と晶汽を移し替えていく。


 果朶は、机に片肘を付いたまま、四汪の慎重な手付きを見守った。


 逸るような、それでいて正確さを保とうとしている若い指先を見ている内に、ふと、先生の言葉が甦った。


『たとえば、の話だがね。これは、途方もない数の紙片に切り離された一枚の絵を、じっくりと繋ぎ合わせていくような作業なのだよ』

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