22


 穏やかで、力強くて低い声。


 先生の大きな手が、まだ小さくて肉の薄い果朶かだの手に、背後から添えられる。


『この欠片とこの欠片を、隣り合わせるのが正解かもしれない。この欠片とこの欠片は、直接は繋がらないが、同じものを描いているかもしれない。大切なのは、完成図を見失わないことだ。地道な謎解きを繰り返しながら、空白を一つ一つ埋めていく。そこに存在するはずの絵を、描き出していく』


 先生の、自信に溢れた人差し指と親指が、果朶のそれを導いて、淀みなく鑷子せっしを動かす。然るべき位置関係へと、晶汽しょうきたちを運んでいく。


『──ほら。また一つ、新しい絵が生まれた』


 それは。

 どんな遊戯や娯楽よりも、胸躍る時間だった。


 次に表れるのはどんな絵か、想像するとわくわくした。空白を埋められる欠片はどれか、探し出すのが楽しかった。


 だから、果朶は。


 うんざりするほど失敗を繰り返し、晶汽を編み出すことに嫌気が差した日々があっても、結局は投げ出すことがなかったのだ。


「ほら、果朶かださん! 見てください、これだったら……、高度が更に上がっても活用できそうじゃありませんか? あっ、それに。風が吹いてくる方角によっては、中央部の構造を反転させれば──……」


 先ほどとは打って変わって、四汪しおうが息を弾ませる。心細げだった頬も、楽しげに緩んでいた。

 懐かしかった。過去の自分を、眺めているかのようだった。

 つい身を乗り出して、四汪が描き進めたその絵画に、更なる可能性を見出しにかかってしまう。


「そうそう。でさ、最初にあんたが作ってた勢いがある動力と、今編んだしなやかな動力を繋げてやれば、理論上は十分使えるようになるってわけ。種類の違う動力同士のつなぎ方は覚えてる?」

「あ、えっと、確か……閉じている構造の、先端部分を開いてやって……」


 いつの間にか机に近寄り、果朶かだ四汪しおうの更に上から編匣へんごうを覗き込んでいた伯烏はくうが、ちょっと待てと口を挟んだ。


「間違いではないのだが、そのつなぎ方は、避けた方がいいとされている。少し衝撃を加えただけで、晶汽と晶汽の結合が解ける事例が、多数報告されているんだ。ここ最近主流なのは、陽晶ようしょうを倍に増す、同じ構造をもう一つ編むつなぎ方で──……」


「えっ、そうなんだ。てか待って、そのつなぎ方をするんなら、一つ内側の構造で陰晶が余るよね? さっき言ってた、風向きによって構造を反転させるってやつが、やりやすくなるんじゃない?」

「……あ。確かに。一旦、試しに組んでみましょう」


 ああでもない、こうでもないと四汪たちと言葉を交わし、忙しなく鑷子を動かす。

 夢中になって編み出しを行う内、果朶は気付いた。──今回は、引け目に感じる暇もなかった、と。


 昨今では、別のやり方が主流だと伯烏から指摘されても、疎外感は覚えなかった。  

 むしろそれが呼び水となり、新たな発想を生み出した。


「んっと、もしかしかしなくても。果朶さんの考えに則るなら、僕たちは、動力開発の研究に加えて、大気中の游子ゆうしをもっと詳しく観察した方がいいってこと? 風向きだって、時間帯や気温によってある程度の傾向があるって分かれば、やりようがあるよね!」


 晶汽の編み出しが苦手だという几園きえんは、果朶たちの会話に加わることは諦めて、他に取り組むべきことはないか考え始めることにしたらしい。

 真剣な表情の、しかし力強い光を瞳に宿した几園に確認されて、果朶は鑷子を動かす手を止めた。


「そ、そういうこと。毎日こつこつ記録を取って、あんたが今言ったように、大まかな傾向を掴むのも一つの手だしね。見ることのできる汽界の範囲が限られてるって言うんなら、うちの同居人がそういうの得意そうだし、協力してくれないか聞いておくよ」


 言いながら、果朶は思わず笑ってしまった。


 諦めと、一抹の呆れと。そして、してやられたという思いが、じわりと心を満たしていった。


 なんということだろう。


 自分はもう、『次』の段階を考えてしまっている。そうでなければ、雨禾うかのことを話題に出すはずがない。


 錘主からの勧誘に、渋い反応を返したにも拘わらず。見学が終わったら、断ろうと決めていたにも拘わらず。


 果朶は結局、この研究を先に進めることで頭がいっぱいになっている。

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