6
「──何故、それを」
黒々とした
誇り高き先生は、この期に及んで誤魔化したりしらばっくれたりすることを、良しとは判断しなかったようだった。
果朶は、そっと目を閉じた。
どんな顔で
「……見ていれば、分かります」
憐みではない。
慰めでもない。
ならば、なんの感情であれば、先生へと向けるのに相応しいのだろうか。
最初に違和感を覚えたのは、
ほかの
けれども果朶は、少なからず意外に思った。
知る者は少ないが、夜行は存外派手好きだ。身にまとう
その夜行が、無音の花火といった趣向の凝らし方を選ぶとは。
なんらかの理由で、型や色彩に工夫を加えることが難しくなったのかも知れない、という疑いを抱いたのだ。
二度目に覚えた違和感は、
その日は朝から曇天で、今にも雨が降りそうな灰色の空が垂れ込めていた。
にも拘わらず夜行は、いざ雨が降り始めると、意外そうに呟いたのだ。
『おや。……雨か』
また彼は、花瓶に活けられた
色彩を判別しづらい夜行は、花瓶に挿さっているという事実をもって、花だと判断したのだろう。
「二類へと移籍したのも、それが理由だったのでしょう? 三類の師儒であり続けるのが難しいほど、当時の先生は、色彩感覚の喪失が進んでいた」
それに対して二類では、游子構造の変化を見定められるか否かが鍵となる。
果朶が予科課程を修了する少し前から、夜行の視界は、鮮やかさを失い始めていたに違いなかった。
今や二類の師儒としての立場にも見切りをつけ、娥家の相談役として落ち着こうとしているさまから推測するに、その症状の進行は相当と見ていいだろう。
とは言え彼は、色の濃淡くらいはまだ認識できているはずだった。
地歴九百二十一年。
十月五日の
「──最頂点ではない己を、許せませんか。唯一無二の才でなくば、そこに価値はありませんか?」
問い掛けながら、けれども果朶は、夜行の答えを知っていた。
許せないし、価値もないのだ。
異名〈異邦の天才〉に沿って育った果朶の矜持が、周囲から『かつて天才だった者』として見られることに、堪えられなかったのと同様に。
憧れと尊敬ばかりを浴びてきたから、『慰められるべき対象』となった事実を受け入れられない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます