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この青年は、どこまで腹立たしいのだろう。
首席の座に、居座っているだけでは飽き足らず。
気付けば、
『うるさい、あんたには関係ないよ。触んないで。俺に話しかけないでくれる? もう二度と近付かないで』
吐き捨てた果朶に対し、或令はなにも返さなかった。
ただ、振り払われた片手を宙に浮かせて、その場に佇んでいた。
そのさまも気に障った。
果朶はその後、或令に謝ることはなく、或令の方から果朶に働きかけることもなかった。
二人はすれ違ったまま卒試を迎え、そして、果朶が学院予科を去ることになる地歴九百十六年の春が来る。
要するに、果朶は或令を相手にとんでもない醜態をさらしたのだ。
気持ちに余裕がなかった、だなんて言い訳にならない。
「あー……その、なんていうか。昔予科にいた頃に、ちょっと見掛けたことあるっていうか? ほら、彼、成績優秀で有名だったし」
気まずさと恥ずかしさが邪魔をして、果朶の、
けれども幸い、彗翅は訝しく思わなかったらしい。そうですかと頷きながら、空き机に古語辞典を置いている。
「兄曰く、新入りの
果朶は、咄嗟に驚いた。
兄曰く、と彗翅は言った。
つまり、或令が彗翅に対して、なんらかの物事を喋ったということだ。
あの、氷の彫像のように寡黙な男が!
絶句していると、傍らで話を聞いていた慈々が口を開いた。
「なるほどなのだ。内弟子にならなくても見学ができるなら、それはとてもありがたいことなのだ。是非とも、お願いしたいのだ」
◇
慈々を伴って地下室を出て行ったはずの彗翅が、数分も経たぬ内にばたばたと慌ただしく戻ってきて、すみません果朶さま急用ができましたと言った時、
糸のほつれは、それがどんなに小さくても、見る見る内に広がっていくものだ。
朝、
すると夜、家に帰って脱ぐ頃には、どうしようもないほどに広がっているというわけだ。
別の
得てして人の縁もそういった性質がある。
果朶が、これまでの人生において学んできた経験則だ。
「大変申し訳ないのですが、果朶さま。私の代わりに、慈々さんを本科
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