28
流石に
けれども少し考えた後、
曖昧に頷きつつ、果朶は、罪悪感を持て余した。
貴重な休みに、雑用どころか、自分の相手までさせてしまっている。
「果朶さまは、地脈を見たことがありますか?」
唐突に彗翅に問われて、果朶は、目を瞬かせた。
廻廊へと続く階段に足を掛けた状態で、彗翅は、感慨に耽ったように目を細めて宵闇に包まれた荒野を見ていた。
「
荒野から吹いてきた夜の風が、果朶たちの頬を撫でた。風は僅かに水気をはらみ、夏の暑さで
遥か彼方に、黒々とした
果朶は、首を横に振った。
「や、見えない。土を構成してる游子たちなら見えるけど。きっと、ずっと底の方にあるんじゃない?」
空気が鳴った。なにかが、空を駆け昇っていく気配がする。
次いで、どぉん──……という重低音が、腹のあたりを震わせた。
天空で
「あっ、始まったみたいです! すごいですね、あんなに高いところまで行くなんて……。ほら、見てください。形が変わるみたいですよ!」
彗翅が予想した通り、打ち上げられた最初の花火は、
廻廊から、歓声と拍手が沸き起こった。上がり調子の口笛が鳴る。
「よっ、今年も一発目から景気が良いなぁ。序盤はしばらく、貴族たちから送られた花火玉が続くんだっけか?」
「学院が設計した花火玉が楽しみだ。あそこは例年、凝ったつくりにしてくるだろう?」
「果朶さま、食べたいものはありませんか? 嫌いなものは?」
雑踏を器用に縫いつつ、彗翅が果朶を振り返った。
果朶はと言えば、浮かれた空気と人いきれ、ゆらゆら揺れる華灯の光に、危うく酔ってしまいそうだった。
「えーっと……激辛? 辛いもの」
「あれっ、そうなんですか? 珍しいですね。じゃあ、辛くないものを──……」
彗翅の言葉に被せるように、廻廊の下側から、なにやら揉めているらしき声が聞こえてくる。
見下ろせば、
「こら、ちびども。いい加減にしろ! 危険だから離れてろって、何回言わせりゃ気が済むんだ?」
「えー! おじさんのけちー! じゃあさ、次の花火がどんなのか教えてよ」
「お、おじさ……じゃねぇ、そんなん俺らも知らねぇよ。色も形も、実際に打ち上げてみないとな! 設計したのは、奇才と名高い
しっしと凜に手を振られ、子どもたちは互いに顔を見合わせた。
「学院の……漓、夜行?」
「あー! 俺、その人知ってる!
「本当!? その人、花火も作れんの? すげー! 半端ねー!」
果朶ははたと足を止めた。
振り仰いだ紺の空に、
音もなく、降るように。
いくつもいくつも、開いては消えていく。
花芯の先に至るまで、緻密に再現された光の植物だった。
息をすることさえ忘れていた。果朶の瞳が映したのは、ただ、永遠とも思えた時間だった。
散っていく綺羅樹の花は、儚く溶ける雪にも似ていた。
最後の花弁が見えなくなった、数拍後。
割れんばかりの喝采が、錘の底を支配する。
彗翅が、感嘆の吐息を漏らした。
「……流石ですね。……漓
果朶も微かに頷いた。散っていった火の粉たちが喉の奥に着地して、沁み込んでしまったように、口が乾いて言葉が出て来なかった。
『奇才』夜行は、最初に手を差し伸べられたあの瞬間から何年経っても、やはり果朶の世界の中心だった。
「あれ、果朶? どうしたの、こんなところで?」
不意に肩を叩かれて、果朶は背後を振り向いた。
老若男女でごった返す廻廊で、小さな包みを抱えた
前髪で隠れていても、その双眸が『〈
彗翅がぺこりと頭を下げた。
「あ、雨禾さん、こんばんは。お久しぶりです、実はですね……」
祭りに行くよう言われたことや、朝からなにも食べていない果朶のために辛くない料理を探していることなどを説明する。
状況を把握すると、雨禾は、微苦笑の形に口元を緩めた。
「この人混みで果朶が食べられる料理を探すのは、かなり骨が折れると思うよ。彗翅ちゃんさえ良かったら、
◇
あと一時間もすれば客が詰め掛け、不夜城通りの名に相応しい様相に戻るだろうが、花火が上がっている間だけはどうしようもなかった。
雨禾が、十七歳の
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