7
冷酷さの滲む声で、
「残念だ。私が育てたはずの子が、そのように愚かなことを問うとはね」
黒い
そして、白い肌に青く透ける血管に、ぷつりと針を突き刺した。
「……っ」
果朶は呻いた。
──やらかした。
身体が碌に動かずとも、
再度麻酔を打たれてしまえば、夜行の許から逃げ出すのは絶望的だ。
「競争心の喪失は、向上心の終焉だ。ほどほどで良いと思った瞬間、人は皆、凡人へとなり下がる──……」
夜行が話しているのを聞く内にも、身体はずしりと重たくなる。
今までも随分と気怠かったが、その比ではない。まるで、鉛でも流し込まれたかのようだった。
「ああ、実に笑わせてくれる。『最頂点でなくば価値がないか』? そのように甘えたことを口にするようになったお前自身が、今や下賤の、つまらぬ綺羅晶掘りでしかないことが何よりの答えだろう!」
嘲りながら、けれども夜行は、どこか苦しげでもあった。
なにかを、夜行に伝えたかった。
自分が
けれども、果朶の舌は喉の奥まで落ち込んで、ぴくりとも動かない。頬の筋肉はどれもが眠りについていた。
──がたり、という音を立てて、晶汽駆動車が不意に止まる。
扉が開く気配がした。骨の髄を凍ませるほど冷たい風が、びょうと吹き込む。
駆動車の外から
「
どうせ五分とかからないしな、と告げる咒豆に、夜行は大儀そうに立ち上がった。
「……咒豆。私は常々、お前に言い聞かせているだろう。その言葉遣いをなんとかしろと。あまりにも粗暴に聞こえる。……ああ、頭の側は私が持つ。お前は足の側を持ちなさい──……」
渋い声で小言を言うと、夜行は、果朶の瞼をすっと下ろした。彫りの深い先生の横顔がかき消えて、視界は闇に包まれる。
横になったままの体勢で、果朶は、
先生と咒豆の
──水気をはらみ、生き物たちの気配を秘めた、青っぽくて瑞々しい匂い。
冬の冷たい大気を吸って、どことなくひんやりした大地の香り──……
……──錘の国の、底の香り。
「……おやまあ、ご苦労なこったね。遺体はまだ片付かないかい?」
不意に、しわがれた声がした。
果朶は内心、目を見張った。
錘の都市と、
「片付かない、なんてもんじゃねぇよ。下層域の廻廊には、まだまだ死体がごろごろしてら。この雨を吸い込んでぶくぶく膨れて、見るに堪えない有様だぜ」
咒豆が応える声がする。
よくぞ白々しく言えたものだと、果朶は内心で罵った。
会話から察するに、喜婆は、夜行と咒豆を、火葬炉に亡骸を運んでいる者だと勘違いしているようだ。
それも無理はないことで、湖門から斎湖に向かって少し歩いたところにある火葬炉には、ここ一ヶ月ほど、ひっきりなしに遺体が運び込まれているのだった。
「へぇ? にしてはその遺体、まだ比較的綺麗な状態を留めてるけどねぇ」
訝しげな喜婆の声が、間近に聞こえる。
彼女はどうやら、果朶の顔を覗き込み、そして夜行たちが運んでいるのが、己の知り合いだと認めたらしい。
息を呑む気配がした。
「おや、まあ──……
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