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「おや、ご婦人。彼とお知り合いだったとは、驚いたよ」
ついさっき、下層域の民のことを無益な穀潰しと切り捨てていた人物とは思えない。
「我々は、彼と同じ〈
夜行の声には、近しい者を亡くしたことに対する、拭いきれないつらさが滲んでいる。
「無理もないさね。誰かの死を受け入れるのは、いつだって難しい。急な別離ほど、酷なものはないよ」
ひりつくような世間話が交わされている間中、果朶は必死に藻掻こうとした。
恐らく今が、最後の機会だ。
喜婆がいるということは、ここは
けれども、どんなに力を込めても、瞼すら持ち上げられない身体では、無駄な努力でしかなかった。
無情にも、喜婆は告げる。
「気を付けて行くんだよ。最近の雨のせいで、地盤も随分緩くなっているからねぇ」
果朶は、夜行と
ゆらゆらと揺られながら運ばれていく内に、大地の香りはいよいよ濃くなる。生っぽい雨の匂いと混ざり合って、最早むせ返るほどだった。
遠く、夜行が呟く声が聞こえた。
「お前が、
聴覚と嗅覚をあまねく駆使し、果朶は、現在の位置を推測した。
夜行と咒豆の、ぬかるみを潰す時の湿った音を
いくら荒天であるとは言え、火葬炉に向かっているなら煙の匂いを感じるはずだが、今のところそれもない。
「錘主の飛行計画も、噂が聞こえ始めた当初は、有象無象の
不意に。
降りしきる雨の様子が、変化した。
これまで容赦なく身を叩いていた雨粒は、ぱらぱらとまばらに落ちてくるのみになる。
代わりに、葉擦れの音がそこかしこから聞こえていた。
──斎湖だった。
ぬかるんだ荒野を抜けて、夜行たちは、綺羅樹が鬱蒼と生い茂る広大な湿地林へと足を踏み入れたのだ。
幾ばくもいかぬ内に、果朶の身体は一切の支えを失い、緩みきった柔らかい泥の上に投げ出された。
「────っ」
咄嗟のことにも、当然のごとく声は出ない。
痛みはなかった。
ただ、ばしゃり、と泥が跳ねる大きな音が、耳のすぐ傍で聞こえたのみだ。
「──言っただろう? お前が最期を迎えるのに、最も相応しい場所に運んでやると。知識人としての品位を失い、綺羅晶掘りに成り下がったお前には、斎湖こそが似付かわしい死に場所だろう」
遥か上から降ってくる夜行の声を聞きながら、果朶は、恐ろしいほどにとろとろとした感触を背中の下に感じていた。
その感触は、果朶の皮膚にぴったりと密着し、徐々に這い上がってくる。
否、果朶の側がぬかるみに沈んでいるのだ。
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