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あの
あくまでも、
「さぁ。少なくとも、
ちょっと借りるねと巳園に断り、果朶は、机に置かれていた空っぽの
引き出しから
「たとえばさ、母音の八音。これさぁ、右下の構造がなくっても
鳥が餌をつつくような速さで鑷子を動かし、編匣に晶汽を編んでいく果朶を見て、巳園は意外そうな顔をした。
しかし、すぐさま控えめに異を唱える。
「ですが、音信蝶を開発したのは、あの
よくありません、とでも続けようとしたのだろうか。
申し訳なさげに低められた巳園の声が、ふと途切れた。
その双眸が、円くなる。
くっきりとした輪郭の、男とも女とも付かぬ声が、編匣から零れていた。
聞こえて止み、聞こえて止む。全部で八音。
それらは純粋な母音であり、錘の国の、あらゆる響きの素だった。
「まさか……本当に、別の編み方があったのですか……?」
巳園はたちまち顔色を変え、先行研究に記載された構造と、編匣に編まれている晶汽とを見比べ始める。
果朶が編んだ母音の晶汽は、書物にあるものより随分と簡素だった。
果朶は、鑷子を机に置いた。
「あくまでも、俺だったら、って話だからね。もしも俺がその道具を開発しろって言われたら、音声晶汽を単純化して他の晶汽構造と結合しやすくさせるかな。個人と個人のやり取りなら、大きい声じゃなくっていいし? ま、どうするかはあんたたちの自由でしょ」
助言とまでは言えないが、この程度の発言で勘弁してくれないだろうか。
その意を込めて背後の
彼は、確かに微笑んでいた。
果朶が編んだばかりの晶汽を見下ろし、満足そうに、あるいは嬉しそうに双眸を細めている。
その眼差しは柔らかく、薄い唇は雪が融けるように綻んでいた。
──それはまるで、冬の終わりにほろりと咲く木蓮に似て。
果朶は、不意に腑に落ちた。
「やっぱりあんた、あの子の兄だね。二人揃って、花みたいに笑うんだからさ」
◇
空は燃えるようだった。
紫がかった茜色の夕空が、頭上いっぱいに広がっている。
三類塔を後にして、果朶は、十九禁門に続く小径を歩いていた。
夜の七時ごろに
研究室を出る前に慈々の様子を確認すると、彼は、果朶が簡素化したばかりの母音の晶汽を夢中で子音と併せていた。
二類塔の手前にある綿花畑の横に来た時、ふと、銀に輝く小さな
音信蝶だ。
赤く熟れて沈んでいく陽の光を浴びながら、かつて果朶が生み出した発明品は、
常とは違って、無音のさまが新鮮だった。
飛行の動力が正常に作動するか、管理担当の師儒たちが点検しているのだろうか。
冴え冴えとした煌めきを、果朶はそっと目で追った。
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