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「ごめん。俺さ、あんたに失礼なこと言った。話しかけるなとか、近付くなとか。完全な八つ当たり。悪かった」
或令が静かに息を呑む。
瞬きが早くなり、雪をまぶしたように白い喉が上下して、ややあって小さな声を絞り出した。
「……構わない」
それきり、すっかり黙ってしまう。
果朶は弱った。
接し方が分からない。
本当は怒っているのかも知れないし、あるいは逆に、果朶に言われるまで忘れていたのかも知れなかった。
「……そう、ありがとう。あんたも俺に、なにか話があるんじゃないの?」
遠慮がちに問いかけると、或令はそこから更に三秒、果朶の顔をじっと見つめた。
次いで、こちらの様子を窺いながら
「少し、訊きたいことがあった。……私は今、彼らの助言役をしている。師儒になったばかりの者は、開発したい道具を自分たちで考えて、予算を取得し、その範囲内で十分な結果を出す、という経験が浅いから」
果朶は首を縦に振った。
それは
師儒たちが囲んでいる机には、様々な資料も散らばっていた。設計図と思しき図表があれば、見開きにされて文鎮を置かれている先行研究らしい書物もある。
「そう、それで?」
何気なく覗き込んで、果朶は思わず目を見張った。
その先行研究が、見覚えのあるものだったからだ。
口の端を持ち上げると、或令は、
「巳園。……開発中の道具について、彼に話を」
え、と呟いた巳園が、面食らった様子で果朶と或令を見比べる。
果朶が先ほど綺羅晶掘りと名乗ったので、或令の指示の意図を掴みかねているのだろう。
けれども結局、丁寧な説明をしてくれる。
「はい。僕たちは、遠くにいる人たち同士が話せるような道具を開発しています。たとえば家の中にいる人が、別の家に住む人と移動せずして会話をするとか、そういうことを可能にしてくれる道具ですね。
なるほど、と果朶は頷いた。確かにそれは便利そうだ。
身近なところで言うのなら、その細長さがゆえに、遠くの部局に用があれば遣いを走らさないといけない錘宮にとってはありがたい道具だろう。
「つまり、個人と個人の間を行き来する音信蝶ってこと?」
「蝶の形でなくとも構いません。歩く人形のようなものでも、なんでも。幸い、音声を模した晶汽は、音信蝶の開発時に標準の編み方が確立されています。それをどうにかうまく活かせば、師儒でない者も、日常的に音声文を組めるようにならないか、と思いまして」
果朶が、巳園の明快な説明を感嘆しながら聞いていると、不意に或令が口を開いた。
「なにか、彼に助言はあるか」
一体、なにを言い出すのか。
師儒ではない者が、師儒に垂れる講釈などない。
ますます珍妙な表情になってしまった巳園が哀れで、果朶は首を横に振った。
二人の反応を見てとって、或令は考え直したようだった。
「では、君ならどう編む」
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