36
──予科課程の三年目。
時は地歴九百十三年。
薄紅色の
それは、成績が優秀であるがゆえに付けられていた『天才』という二つ名を、この上なく確固たるものに変えた。
『君は奇跡そのものだ。異邦の地から生きて
何人もの本科の
けれどもそれから、三年後。
果朶は、
まるで裁きを受けている心地だった。
基礎知識を問う筆記試験を解きながら、
品種改良の能力を確認する実技試験に臨む前、息は上がって頭の芯が真っ白だった。
最終日の編み出しの試験では、最早、思考が麻痺していた。
卒試においては、その者が本科に進むに
しかし、六年もの間除籍を免れ続けた予科生の中に不適となるような者が残っている事例はほとんどなく、実質的には配属先を決定する役割を担っていた。
下から二位でも、果朶の判定は適だった。
卒試の結果が発表されてから程なくして、果朶は、予科の教育を担当している師儒たちに呼び出された。
通されたのは、学院予科で授業をする際、師儒たちが控室として使っている部屋だった。
十人弱の師儒たちが、机の向こうにずらりと並んで果朶を迎えた。
一番端には、
果朶が敬愛する先生は、威厳あふれる静かな瞳に、微かに愛惜を滲ませていた。
君の配属先に困っている、と年嵩の師儒が口火を切った。過去の功績を鑑みれば、最も適当なのは三類だ。しかし君はこの一年、見るに堪えない成績をまき散らしてばかりいる。何故、そのような真似をするのか。そもそも君には、師儒になろうという意欲はあるのか。
窓の外は
分水嶺に沿って雪が残った
果朶は束の間、目を閉じた。
ふと、思った。
秋であれば、血が滲んでいただろう。
心に。皮膚が傷つき痛むほど、爪を立てて握り締めた掌に。
見るに堪えない成績を、好きで取ったわけではなかった。自分のことを異邦の天才と呼び表わした誰よりも、果朶自身が、この身の内から湧き出ずる才能を信じていた。人類が空を飛ぶなら、最初の一人は自分であるはずだった。
『……俺は』
指の先にいたるまで、瑞々しく漲っていた
澄んだ水がどうしようもなく汚泥にまみれていくのを悟った時、喉の奥に流し込まれる絶望の温度のほどを想像したことすらないくせに。
破れた皮膚から血を流し、そう、声を振り絞って詰っただろう。
けれども、卒試を終えた果朶の内に残っていたのは、揺るぎない諦念と理解だった。
──自分には、空など飛べない。
飛べるはずもない。
悔しがるのは、愚かで恥ずかしい真似だった。それは、『惜しむだけの価値あるものが、以前の自分には備わっていた』という勘違いの証左に過ぎない。
自分は元々、天才と呼ばれて然る器ではない。
真に天才であるのなら、このような場に立たされることはないはずだった。
常に気高く、堂々と振舞っている先生が、今の果朶の境地に落とされるのはあり得ないのと同様に。
果朶は、ゆっくり目を開けた。
すっと腰から姿勢を正し、手を組んで、たった一人の師に向かって深々と頭を下げた。
『俺は、師儒にはなりません。あまりにも不相応で、就くにはおこがましい職です。どうか、辞退をお許しください』
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