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「食糧だって、同じです。学院の師儒しじゅ方が肥料の改良を重ねていますが、増加した人口に耐え切れる保証はない。土だって、痩せやすくなるでしょう」


 音信蝶おんしんちょうが言っていた。

 茶葉や砂糖は、月末から価格が上がると。紅灯廻廊こうとうかいろうの朝食屋台が、鹹豆奬シェンユータンの値段を上げて男客から絡まれていたと、不意に果朶かだは思い出す。


「もっとも、切迫した食糧難が起こるのは、もう五十年ほど先でしょう。そうなる前に、外の世界に繋ぎを付けておきたいのです。空を飛んだら、異邦に行ける。天涯山てんがいさんの地勢だって把握できる。水平坑すいへいこうを掘れる箇所を見つけ出し、貫通路かんつうろを設けるのも夢じゃない」

 今の内に可能性を広げておく必要があるのだと、そう説明した彗翅すいしに、けれども果朶は眉をひそめた。

「だったら、学院を頼ればよくない? なんで、内密にって話になるわけ。すいぐう宮の予算を分配して、飛行技術を開発して欲しいって、師儒たちに頼んだら──」

 はた、と果朶は口をつぐんだ。


 それは悪手だ。


 彗翅は、困り顔で首を傾げた。

禁苑きんえんは、賢裔三家けんえいさんけが協力し合って、管理してきた土地ですから。学院は農業知識も豊富なので、三家の顧問的な立場として、禁苑管理に携わっています。禁苑で育った作物は、その利益の大半が、彼らの懐に入るようになっています」

 要するに彼らにとっては、すいが異邦と繋がらないでいる方が、食糧市場を独占できて都合が良いのだ。


「それであんたとあんたの主人は、学院と貴族の目を避けてるってわけね。試みが露見したら、横槍を入れられかねないから」、

 ようやく得心がいった果朶に、彗翅は我が意を得たりと頷いた。

「ええ、まさにおっしゃる通りです。私の主人は、この国の行く先を案じている師儒たちを個人的な伝手で集めて、飛行技術の開発を開始しました。ですが、晶汽しょうきが足りません」


 晶汽。

 それは、動力を作るなら、欠かせないものだった。


 游子ゆうしの動きを模倣すれば、運動の効果のみを再現する貴重な粒子だ。だが、元となる綺羅晶きらしょうは、組合から学院へと納められる。

「どうにかして、手に入れる必要がありました。常々申しているように、少量でも構いません。目下のところ、動力の試作にりようなので」


 果朶は、深々と圏椅いすにもたれた。


 ふと、思った。この話題に関することで、自分が説得される側にまわる日がくるなんて。


「あんたの主人って誰。ていうかそもそも、あんた自身は大丈夫なの? めい家の人じゃん。飛行技術が開発されれば、もろに打撃を食らう側でしょ?」

「私の主人は今代の錘主すいしゅです。私は、鄍家への帰属意識が薄いので。婚外子ですし、十になる少し前まで、下働きをしている母とともに過ごしました。食料が高騰した時に、苦しむ者の気持ちは分かります」

 果朶はついと目を細めた。国の頂点、錘主が自ら主導しているとは。

「へぇ。あんたって天才だし、小さい頃から鄍家で英才教育でも受けたのかと思ってた」

 あけすけに言った果朶に、彗翅は、懐かしむかのように首を振る。

「まさか。きっと、最初の先生が良かったんでしょうね。教え方がとても上手で。それで、学ぶことが大好きになりました」


 果朶はふうんと呟いた。


 その感覚は、果朶にも覚えがあるものだった。

 知らないものを知っていく。それは、活力ちからを得ることだ。

 游子のことを知る度に、晶汽の組み方を知る度に、四肢に力が漲って、空白が埋められていく心地がした。積み重なった知識たちが自分を空に導くと、希望とともに信じていた。

 浮かべた笑みが、どうも締まりのないものとなったのは、時の流れが身に染みたから。


「まあ、いいよ。俺で良ければ協力するよ。この国の未来がかかってるなら、悠長なこと言ってらんないし?」


 かつての夢に、綺羅晶を提供するという形であっても、関われるのは悪くない。

 彗翅の口元が、とろけるように綻ぶ。

 それを果朶は、どこか不思議な心持ちで眺めていた。

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