第二章 天才の出戻り


 万年二位の、異邦の天才。

 それが、果朶かだに付けられた綽名あだなだった。


 学院は、錘の国の上層域、禁苑にほど近い場所にある。

 地歴二十八年に、三賢の一人である鄍芳銖めいほうじゅが創立して以来、錘の英知が結集する機関としてその威光を輝かせてきた。


 学院への所属が叶うのは、汽界きかいを見る才能がある者だけだ。

 性別、身分、年齢は問われない。


 汽界を見るには、虹彩にのみ圧力を加える必要があった。

 数百人に一人ほどの割合で。遺伝などに関係なく、それができる者が現れる。学院の師儒しじゅたちが、真に汽界を見ているのか確かめて、当人が学費の支払いに諾と言えば、学院への扉が開く。


 六年にわたる予科課程で、入学した者たちは、基礎的な知識を学んだ。予科課程が修了すると、本科に進んで、師儒と呼ばれる研究職に就く。


 本科は、三つに分かれている。

 游子や汽界、あるいは汽界を見ることができる人間そのものについて研究し、未だ明らかにされていない原理法則について調べる一るい

 土や植物を構成している游子について研究し、賢裔三家けんえいさんけと協力して、禁苑の収穫を増やす二類。

 そして、晶汽によって游子の動きを模倣して、作り出した動力で生活の向上を図る三類である。


 果朶は、十三歳で入学した。


 悪くはない日々だった、と思う。

 綽名が示している通り、一位にはなれなかった。けれども、十分に上位だった。


 白い肌や金の髪を気味悪げに眺めてくる予科生も多かったが、興味津々に話しかけてくる予科生もいた。

 天涯山で果朶を見付けた本科の師儒は、夜行やこうという名前で、当時、三類きっての気鋭の若手として名高かった。お陰で身体の傷を錘宮で癒した後、夜行の養子として引き取られ、入学までをともに暮らした果朶は、予科生たちのやっかみと憧憬を一心に受けることになった。


 それでも、游子や晶汽について学ぶことは楽しかった。空を飛びたいという大望を抱いていたから、予科課程の修了後は先生と同じ三類に進もうと思っていた。


 十八歳に、なるまでは。



「無理ってもんがあるだろうが」


 凜がぶつくさぼやいている。

 悪人然とした顔を歪めて、はみ出したのりを拭うべく、爪楊枝を探している。

「夜勤明けだぜ、こっちは。細かい作業ができるほど、集中力残ってねぇよ。そこの双子、起きやがれ。今日はあと五十個作らないといけないんだ」


 よくまわる口だな、と果朶は思った。

 顔のすべての筋肉が眠りたがっている今の果朶には、真似できない芸当だ。


「うるさいのだ、凜。そんなことを言われても、眠いものは眠いのだ」

「だいたい、僕たちは双子ではないかも知れないのだ。適当な発言はやめるのだ」

 うつらうつらと揺れていた華々げげ慈々じじは、凜のげきに抗議した。


『八月一日──……学院の気象望によりますと、天気は晴れ。賢裔三家の筆頭、きょう家の当主は、午後に行われる御前会議をご欠席されるとのことです。気温の高い夜が続き、体調を崩されてしまったと──』


〈望淵〉の開け放たれた窓の向こうを、音信蝶が飛んでいった。

 時刻は八時。午後ではない。午前の八時だ。


 夜勤明けの果朶たちは、寝不足の顔を突き合わせて、華灯づくりの最中だった。机の上には、白色の薄紙や定規、鋏などが散らばっている。


 八月半ばに行われる、花煙節かえんせつという行事の準備だった。

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