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冷たい空気を模した晶汽と、熱い空気を模した晶汽が車輪近くの部品の中に組み込まれ、両者の間を大気が行き来することで動力を生む。
車夫たちは、いくつかの
果朶たちの華灯づくりは数日前に落ち着いたが、国民たちはこれからが忙しいようだった。荒野から打ち上げられる花火を見るべく、そこかしこで、若者たちが急ごしらえの露台を建設している。
「確かに、人口過密かも」
果朶はぼそりと呟いた。
風にはためく洗濯物を見ての感想である。
民家の窓辺や軒先に、柔らかそうな子どもの
ほとんどが、独り住まいのそれではない。
「そうですね。原因の一つは、晶汽駆動車だと
正面に座った
「最上層から最下層まで、三時間もかけずに行き来が可能になりましたから。禁苑の作物が前より出回り、人々の生活は向上した。だから出生率が跳ね上がったというのが、内務局の見解です」
今日の彗翅は、質のいい白絹の
決して墨を零すことが許されない、一等書記官の官服である。
綺羅晶掘りと書記官では、圧倒的に後者の地位が高いことを
「言い忘れていましたが、錘宮に到着したら、まずは錘主に謁見します。果朶さまがいらっしゃることをお伝えしたら、是非にと錘主が望まれまして」
愛想のよい口調で、彗翅がとんでもないことを告げたので、反射的に果朶は呻いた。
気安い言葉を改めようといった殊勝な発想は、あっという間に飛んでいった。
「あんたさ、なんだってそんな大事なこと、今になって教えるわけ……」
せめて、家を出る前に知っていたら。素っ気ない灰色の長袍ではなく、改まった服装に着替えることができたものを。
彗翅はいたってけろりとしている。
「すみません。でも、錘主は気さくな御方ですので。気負わなくても大丈夫だと思いますよ!」
そうか気さくな性格なのか、だったら心配いらないな。そう思ってしまえるほど、果朶は楽観的な性格をしていない。
大急ぎで、錘主に関する知識を記憶のあちこちからかき集めた。
かつて果朶は、錘主に会ったことがある。
十五年以上前。天涯山で発見されて、さほど経たない頃のことだ。
当時の果朶は、そこかしこが骨折しており、熱もいっかな下がらなかった。錘宮の医務室で、朦朧としながら治療を受ける果朶を見下ろし、錘主は溜息を吐いていた。
この異邦人を、どうしたものか。今になって思い返せば、あれはそういう眼差しだった。
落ち窪んだ目をした老いた錘主は、果朶が学院を辞める少し前、肺炎で亡くなった。
錘主の息子が後を継いで新たな錘主となったはずだが、その時代の大きな変化を、果朶はほとんど覚えていない。
予科の
彗翅が仕える今代の錘主は、先代錘主と、
朗らかな声が耳を打って、果朶ははたと我に返った。
「花を一輪、いかがでしょう。今朝方、禁苑で咲き初めた
荷車を押した花売りが、果朶たちの駆動車とすれ違うところだった。荷車には、桔梗や
既に、上層域に差し掛かるところだった。
駆動車が走るのは、〈
大廊は、従来の廻廊を拡張して、人と駆動車がぶつからないよう、
何気なく空を見上げて、果朶は知らず息を呑んだ。
天涯山が、近かった。
雲一つない夏空に、俊峰がくっきりと映えている。生命力を漲らせた木々たちが、こちらをじっと見下ろしていた。
数年前まで、当たり前だった大きさだ。
──超えるのだろうか、あれを。
越えられるのだろうか。
「ああ、見えてきました。錘宮です」
彗翅が身を乗り出した。
ゆったりと軒を連ねる家々の向こうに、錘宮の長城が、天涯山と錘の都市を隔てるように脈々と続いていた。
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