応接室は孔雀の羽で作られた巣のように絢爛だ。

 細緻な絵付けが施された陶磁器や、鳥獣を象った翡翠細工があちこちに飾られて、うっかり傷を付けようものなら、賠償額で身代が傾くこと請け合いである。


 最奥にある机の前に、人影が二つあった。


 一方は長身の男性だ。真っ直ぐな黒髪を頭頂部で結い上げて、机に肘を付きながら、長煙管をふかしている。

 うんざりと眇められた目元には張りがあって若々しいが、それは怪しげな美容法の賜物で、実年齢は四十前後と、果朶かだはしっかり知っていた。

望淵ぼうえん〉の主、厭朱えんじゅである。


 もう一方は少女だった。二つに分けた黒髪を、耳のあたりでくるりと留めて、厭朱えんじゅに向かって何事かを言い募っている。ぱっちりとした大きな双眸が可愛らしい。

 妙に見覚えのある顔だと記憶を探り、彼女が誰だか分かった瞬間、果朶かだはげっと呻いていた。


「いや、まさか。そんなことってある?」


 華々げげ慈々じじの首根っこを引っ掴んで下がらせる。

 間仕切りの緞子どんすをそそくさと下ろし、果朶は額に手を当てた。

「なんっで、ここにあいつがいるわけ?」


 高らかな宣言がありありと甦る。

 ──あなたのお嫁さんになりたいです! 私と結婚して下さい!

 つい今朝方、果朶に結婚を申し込んだくだんの少女がそこにいた。


 華々げげ慈々じじが真面目くさって説明する。

「彼女がここにやって来たのは、ほんの三十分ほど前なのだ。『いきなりで恐縮だが、とある用事で立ち寄った。組合主と二人だけで話がしたい』と、とにかくその一点張りで、どうにも埒が明かないため、厭朱が渋々応接室に通したのだ」

「厭朱が渋々応接室に通したのだ。そして今に至るまで、そのまま出てくる気配がないのだ。なんの用か気になるが、小声で話しているせいで、詳しい話が分からないのだ」

「まったくもってもどかしいのだ」


「果朶、お前、あの小娘と知り合いなのか?」

 凜の問いに、果朶は『うん』とも『ううん』とも判別し難い、不明瞭な相槌で返した。

 肯定して詳細を話す羽目になるのも面倒だし、かと言って否定しても説得力がない。


 なにはともあれ、ここは速やかに立ち去った方が吉だろう。


 暴言を投げつけた相手と平然と再会できるほど、果朶は厚顔無恥ではない。少女にしても、自分を深く傷つけた人間と顔を合わせたいわけがなし。

 くるりと踵を返しかけ、しかし、果朶は足を止めた。

 次の瞬間華々が告げた、思いも寄らない情報のせいだった。


「彼女は一等いっとう書記官しょきかんを名乗ったのだ。だからこそ、彼女を不審がっていたあの厭朱も、相手をする気になったのだ」

「相手をする気になったのだ。決して信じたわけではないが、本当である可能性も皆無ではない以上、追い返すわけにもいかないのだ」

「追い返すわけにもいかないのだ。大人の事情とは厄介なのだ」


 もっともらしく頷いている二人を見比べ、果朶は呆気に取られてしまう。

「書記官? あの子が? ……しかも、一等?」


 驚いたのは他でもない。

 一等書記官になる試験は、非常に難易度が高いのだ。


 そもそも書記官とは、国の中枢である錘宮すいぐうにおいて、会議などの記録を取って公に残す職を指す。三等から始まって、二等、一等と昇進していく。

 十年近く二等書記官の座にあっても、あっさり落ちておかしくないのが一等書記官への昇進試験だ。三十半ばの合格で、かなり早いと評される。

 それを、せいぜい十六、七にしか見えないあの少女が。


 そんな馬鹿なと呟きかけ、けれども果朶は口を噤んだ。


 ふと、思い出したことがあったのだ。

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