この組合〈望淵ぼうえん〉にしては、珍しいことだった。言ってはなんだが、活気や覇気とは程遠い組合なのだ。


 日が暮れると、虚ろな目をした綺羅きらしょうりたちが三々五々、『今日も斎湖さいこで採掘か、生きて戻れると良いんだが』とぼやきつつ、つるはしや麻袋を借りるためにやってくる。溌溂としているのは組合主の厭朱えんじゅくらいで、『なぁに言ってるんですかい。頼りにしてますぜ、旦那さん方。今日も綺羅晶をたんまり掘って、わたくしを儲けさせてくだせぇ』と、煙管を片手に発破をかける。

 彼のおかげで綺羅晶掘りたちは尚のことげんなりし、そそくさと出て行くのが常だった。


 それが、今夜は。

 誰一人として、立ち去る素振りを見せていない。


 広くはない板の間で、互いに顔を突き合わせて何事かを囁き合いつつ、わざとらしく長靴ちょうかの紐を結ぶなどして時間稼ぎをしているので、むさ苦しい熱気が漂っていた。


 親しい者の姿を見付けて、果朶かだは状況確認を試みた。

「ちょっと、りん。どうしたってわけ、これ一体? 華々げげ慈々じじは?」


 呼び掛けに応じて振り返ったのは、綺羅晶掘りの凜だった。麗しい響きの名前に反して、すわ凶悪犯かと身構えたくなる顔立ちの男である。


 歳は三十路の半ばほど。額の中ほどから頬にかけて、左眼を潰して傷跡が走っていた。どういう頻度で剃っているのか、いつ会っても半端な短さの無精髭を生やしている。ここら一帯の破落戸ごろつきを束ねているとか、まことしやかな噂もある。


 凜は、果朶かだに向かって肩を竦めた。

「珍しい客が来てるんだ。それで今、厭朱えんじゅの野郎が対応してる。お前と仲良い双子なら、あそこで聞き耳立ててやがる」


 彼がしゃくった顎の先には、組合の応接室があった。目に痛い緋色の緞子どんすが、こちらとの間仕切りになっている。

 緞子を僅かにめくり上げ、三つ編み頭の少年たちが、中の様子を窺っていた。


 果朶は律義に訂正した。

「別にあいつら、双子とは限らないよ。限りなく似てるだけの赤の他人って可能性もある」


 華々げげ慈々じじは孤児である。まだ泣くことしかできない赤子の頃に、孤児院の裏口に揃って捨てられていたという。それ以外に定かと言える情報はない。


 凜はあからさまに『そんな馬鹿な』と言いたげな顔をしたが、果朶は構わず質問した。

「それで、珍しい客って誰? 東濠とうごう組合の連中かなんか?」


 正直なところ、それくらいしか思いつかない。

東濠とうごう〉は、もう一つの綺羅晶掘り組合だ。

 貴族たちの寄附金によって成り立っており、組合幹部は、七百年近く遡ることができるその沿革に非常に誇りを抱いている。


 成り上がりの平民に過ぎない厭朱が興し、ここ十数年で急成長を遂げた〈望淵ぼうえん〉とは、なにかと折り合いが悪かった。


 とは言え。同業という間柄、協力し合う機会がないでもない。


 けれども凜は首を横に振った。

「いいや。あいつらだったらわざわざ来ないで、手紙かなんかで呼び付けてくるだろうさ。もっと毛色の違うやつだ」


「へぇ?」

 果朶は眉を跳ね上げた。興味深げな果朶に気付いて、華々と慈々が身を屈める。


 果朶は、二人の背後から応接室を覗き込んだ。

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