第一章 青天の霹靂
1
◇
さくり、さくりと。草を踏み締めて近付いてきた足音が、藤の木の下で震えていた
「……見ない子だね。それに、珍しい色の髪をしている。夜明けの太陽のような金色だ」
果朶は──否、当時はその名すら持たなかった少年は、ぼんやり頭を動かした。
背の高い男性が、こちらを覗き込んでいた。逆光になっているせいで、顔立ちはよく分からなかったが、どことなく安心できる雰囲気があった。落ち着き払った口調がそう感じさせたのかも知れない。
「
差し出された掌は大きくて、隅々まで力が漲っていた。
◇
昔々、その昔。大地に巨大な岩穴が
穴の底には、
穴の縁には、
人類を睥睨するように連なった山脈は、
中腹を越した頃から、反り返った崖が続く。命綱を架け替えながら登りきると、野鹿が暮らす寒冷な高地に出る。高地の先に待ち受ける絶壁は、更に険しい。越えようと試みた者は、決して生きて戻らなかった。
にもかかわらず、まことしやかに囁かれている噂がある。曰く。
天涯山の向こうには、
天涯山の雪解け水に運ばれて、十数年かに一度ほど、遺体が流れ着くからだった。
陽の光の髪を持ち、透き通るほどま白い肌をし、錘の国では作られない貴金属で飾られた、儚くも美しい亡骸が。
錘の民は彼らのことを、異邦人、あるいは異邦の民と呼んだ。
有史以来初となる、生きた異邦人が発見される。
学院に所属する若い
少年は、ひどい熱を出していた。後になって、
半年と少しかかって、少年は緩やかに回復した。自力で歩けるようになる頃には、彼が一切の記憶を失っていることは周知の事実となっていた。
錘の戸籍を与えるのに際して、少年は、歯の生え具合から七歳だと目された。果てにある山脈の、藤の
そして、地歴九百二十一年。陽射しが熱を帯び始める、六月──……
◇
「実に疲れたのだ」
「疲れたのだ」
「今にも上の瞼と下の瞼がくっついて、眠りに落ちてしまいそうなのだ」
「しまいそうなのだ」
「足だって棒のようで、歩くのさえ億劫なのだ」
「億劫なのだ。ゆえに果朶、僕たちを背負って行って欲しいのだ」
「欲しいのだ」
淡々と台詞を発していた側と、同じく淡々とその台詞を木霊させていた側が、唐突に反転した。果朶は呆れて背後を睨んだ。
「なに寝ぼけたこと言ってんの? こんなに小柄でか弱い俺が、育ち盛りの十三歳の野郎どもを、二人も背負ってやれるわけないでしょ? ただでさえ重たい
すっぱりと切り捨てられて、淡々と会話し合っていた二人──互いに瓜二つの顔立ちをした少年たちは、無表情に震えあがった。塩だけで味を付けたように淡白な顔を伏せると、いかにも怯えていますと言わんばかりに自らの肩を抱く。
「あな恐ろしや。美人に睨まれると非常に迫力があるのだ」
「迫力があるのだ」
「癖になるのだ。それに、自分でか弱いとか言っちゃうあたり、果朶はやっぱり流石なのだ」
「流石なのだ」
恐ろしいと話す割には、こちらをからかうようなことを言う。
果朶は軽く嘆息した。果朶のことを流石と言うが、十も年上の果朶に向かって言いたい放題言っている彼らもまた、大概に流石だ。
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