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◇
「……驚きました。
上層域が近付く毎に、
高みにそびえる
ぽつりと呟かれた
「まあ、厭朱も滅多に言わないしね。〈
よほどの古参か、
厭朱は、幼い頃に父親を亡くしている。母親はそれより早くに父親の借金を厭って逃げ出しており、厭朱の肉親は姉である緋否のみだった。
厭朱の重たい手提げ金庫は、心が壊れた緋否のために良医を手配し、貴重な薬を手に入れる時にのみ開かれた。
夢幻を生きている姉が、いつかうつつに戻ってくる日に備えて、厭朱は、自身の見た目を若く保った。
過ぎ去った時の長さを知った緋否が心を痛めることがないように、美容と健康に徹底的に気を配った。
濡れそぼった銀の
『……錘宮より、
本来ならば、なによりも待ち望まれた報せのはずだ。
けれども果朶は、やるせない思いとともに、音信蝶の声を受け止めた。
──失われたものたちは、もう二度と帰ってこない。
吐いても吐き切れない溜息を吐き、果朶はふと違和感を覚えた。
それなのに何故、音信蝶は『早ければ一週間』と報じたのか。
やがて、ゆるやかに蛇行する錘宮の長城が見えてきた。
白い霙が絶え間なく横切る向こうに、茶色い壁が延々と延びている。
果朶はまた、あることに気が付いた。
錘宮に設けられた
錘の都市と
彗翅も、怪訝に呟いている。
「どうしたのでしょう、一体。あのような光景、収穫期にしか見たことがありません」
「その……実は先ほど、二類の師儒から特効薬の開発に成功したと報告が来たのです。それで現在、二類塔で製造した特効薬を、順次錘宮へと運び出している最中でして……」
思いも寄らぬ情報に、果朶は眉をはね上げた。
彗翅も、意表を突かれたようだ。
確かに二類は、忘我たちと同様に病理の解析を進めていた。
進捗のほどをきちんと聞いたことはなかったが、彼らもまた、咳嗽症の原因は
もしかすると先ほどの音信蝶は、忘我たちが開発した治療薬ではなくて、二類が作った特効薬のことを報じていたのかも知れなかった。
そうであれば、薬の効果が発揮される頃合いに差異があったことにも納得がいく。
彗翅は、不信感と訝しみを足して二で割ったような表情で踵を返した。
「……一旦、錘主に事情を聞いてまいります」
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