16
◇
窓から吹き込んでくる風が、涼しさよりも、
物質を構成する
夜と昼ならば、昼が。
冬と夏ならば、夏が。
彼らは細かく震えながら、砂でできた河のように、
「はい、毎度あり。確かに、今月分の賃料をお預かりしましたよ。今後ともまたよしなに」
玄関先から元気な声が聞こえてきて、果朶ははたと我に返った。
目の前に広がっているのは、昼下がりの狭い居間だ。
正面にある板壁は剥き出しで、数十枚の白い紙が、
家賃を集めにきた貸主の応対を終えた
「おお、また新しい絵ができてる。今日のはなに?」
果朶は手元に目を落とした。
紙の中に、小さな鳥が留まっている。
「
答えて、果朶は立ち上がった。
「ちょっと、そこまで出かけてくる」
通り過ぎざま声を掛けると、
彼は、果朶が放置した四十雀の絵を、壁に留めているところだった。
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
行き先は聞かれなかった。月に一度、家賃を納め終えた後、果朶は決まってそこに出掛けていくからだ。
扉を開けると、
ここ
給料は、採掘した綺羅晶に応じての日払いで、綺羅晶掘りは好きに休みをとっていた。果朶は、大家が家賃を集める日か、体調が悪い時くらいしか休まない。
下の廻廊へと繋がる階段を下ったところで、軽やかな足音が聞こえてきた。気付かないふりで進んでいると、近付いてきた足音は、果朶の前に回り込む。
「こんにちは! 果朶さま、今日もとってもお綺麗ですね。太陽の下で見る果朶さまは、白い肌がより澄んで、雪をまとっているみたいです。私と結婚しませんか?」
「しつこい、しない」
果朶は淡々と断った。
この少女の求婚に、慣れてしまっている自分がいた。
「大切なものを失わないためにあえて聞くけど、あんた、どうしてここにいるわけ? 休みだって、俺は教えてないはずだけど」
「
はきはき喋る明るい
「いい加減にやめてくれない。
「綺羅晶の仕入れ先を確保するまで、通常業務は、一部免除されています」
「へぇ。それ、他の書記官の仕事を増やしてるんじゃない? なおのこと、俺じゃない綺羅晶掘りと交渉すべきだと思うけど」
彗翅は朗らかに笑んだまま、あっさりと首を横に振った。
「ですが同僚たちは、私の不在を喜んでいると思いますよ」
虚を突かれた心地になって、果朶は、彗翅の横顔を見た。
──
やっかむ者は、少なからずいるだろう。
だが、慰めてやるほど仲良くなった覚えはない。
「なるほどね。じゃあ、俺は用事があるから」
いきなり足を止めた果朶に、彗翅は怪訝な表情になった。
「用事って……ええと、ここで、ですか?」
いくつもの階段を下った果朶と彗翅は、いつしか、うら寂しい廻廊に立っていた。板壁が崩れた民家や、扉のひしゃげた物置小屋が並んでいる。
「そ。だからさ、あんたいい加減帰ってくれる? 個人的な用にまで、付いて来られたくないんだよね」
果朶はにべない言い方をしたが、彗翅は逡巡すらしなかった。
「では、ここでお待ちしますね! どうぞ、用を済まされて下さい」
そう言うと、物わかりが良いでしょうと言わんばかりに胸を張って果朶を見上げる。
言い争うのも面倒で、果朶は深々と息をついた。
「……好きにすれば」
言い置いて、廻廊脇のとある建物の戸を叩く。
民家にしてはいささか大きく、店にしては変哲に乏しい建物だった。あえて言うなら、建材の傷みが少ないくらいだ。
屋内は薄暗い。雑然と卓が並び、その上に賭け道具の
最奥にある卓の前に、痩せた中年男が座っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます