15
「言葉を選ばずまとめるのなら、まさにその通りです。
最年少で一等書記官となった天才に頭の出来を褒められても、なんの感慨も湧いてこない。
「断るね。俺は金に困ってない。前提として、あんたには身分があるけど、俺は無力な国民だ。あんたとの遣り取りが学院に露見して、問題視されでもしたら為す術がない」
すべての
法律ではなく、組合の規定によるものだったが、学院側との協議の末に決まったそれから逸脱すれば、当然糾弾の対象となる。
「もちろん、果朶さまが職を失わないよう、
果朶は首を横に振った。
彗翅がそう言うのなら、懸念点は他にもあった。
「そう。じゃあ、失職する心配は、一旦横に置いておこう。でも、なんで〈
彗翅は視線を逸らさないまま、睫毛だけを微かに揺らした。
あからさまに狼狽えたり、表情を取り繕ったりしないところが、等身大で潔いと、果朶は思った。
書記官としてしたたかに振る舞いつつも、若さゆえか、狡猾にはなり切れない。
「低くない地位にいるんでしょ? それなら〈
にも拘らず、彗翅は〈
それが意味するものはなにか。
果朶は、導き出した結論を彗翅に告げる。
「都合が悪かったんじゃないの? 逆に。〈
彗翅はなにも答えない。ただ目を見開いて、じっと果朶を見つめている。
否定しないのが答えだと解釈し、果朶は、おもむろに席を立った。窓辺に寄って、
「──あんたの背後にいる人間は、学院だけでなく、他の貴族の視線をも恐れてる。つまりあんたの交渉は、政治的にも少なくない意味がある。それも、穏便ではない意味が」
軋んだ物音が近付いてくる。
支度を終えて戻ってきた
「巻き込まれたいって誰が思う? 俺の願いは一つだけ、これ以上関わんないで。大人しく諦めて、無理でしたってあんたの主人に報告して」
彗翅はようやく微笑んだ。
ぱっちりとした大きな瞳が、朗らかに綻んだ。
「それでも私は、あなたのお嫁になりたいんです。頷いて下さるまで、追いかけますね」
炊事場に入ってきた
果朶はとうとう頭を抱えた。
廻廊には、二羽の小さな
◇
次の日から、〈
困惑していた果朶の周囲も、程なくして彗翅に慣れた。
特に
『最初は何事かと思ったが、果朶の追っ掛けだったのか』『嬢ちゃん、また振られたって? 明日も行ったれ!』などと言うのは、まだ可愛げがある者だ。
調子のいい者たちは、『果朶が折れるに三十銭』『嬢ちゃんが諦めるに三十五銭』と、賭けを始める始末だった。
彗翅の身分は、
特に、彗翅が持ち掛けた交渉について知っているのは、果朶と厭朱のみだった。
彗翅は決まって、人目が逸れた隙を狙って、果朶にこそりと囁いた。
──どうでしょう。考えてくれましたか?
──質のいい綺羅晶は、一
──少しだけで良いのです。最初は一つからでも構いません。
果朶はその都度首を振った。自分以外の綺羅晶掘りや、あるいは厭朱に交渉するよう、繰り返し逃げを打った。
けれども彗翅は聞き入れない。果朶さまが良いのです、また来ますね、と去って行く。
果朶は、心底うんざりした。一体いつまでこの遣り取りを繰り返せばいいのだろうと、
旧友である雨禾には、彗翅の来訪が五指では数えきれなくなったあたりで、彼女が
雨禾は、さあ、いつまでなんだろうねぇ、と風に吹かれた大樹のように首を傾げた。どちらにも肩入れせず、成り行きを見守っている節があった。
果朶の問いに対する答えは、七月半ばに訪れた。
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