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 大抵の女性は、けんもほろろに突き放せば、怯えるか悪態を吐くかのどちらかだ。  

 けれども彼女に限っては、一切こたえる様子がない。

 まるで発条ばねかなにかのように、抑え付けたらその分だけ、勢いよく跳ね返ってくる。


 ──まともに相手をするだけ無駄だ。


 厭朱えんじゅからの好奇の視線も鬱陶しく思えてきて、果朶かだは、この部屋に立ち入った目的をさっさと果たして斎湖さいこに行こうと心に決めた。


「あんた、うるさい。ちょっと黙って。いいから一旦屈んでくれる?」

「えっ?」

 唐突な要求に、少女は虚を突かれた顔をした。それでも素直に身を屈めて、軽くお辞儀をしてみせる。

 果朶かだの前に、彼女のうなじが差し出された格好となる。

 そこにずいと顔を寄せ、果朶は大きく息を吸った。


「ああ、……やっぱり」


 ぶつかり合って転んだ時にも感じたが、こうしてみるとしかと分かる。青々として清涼な、しかし甘さを秘めた匂い。


厭朱えんじゅ。さっきの質問の答えだけれど、間違いないよ。この子、白百合しらゆりの香りがする」


 生花とは贅沢品だ。

 食料にならない娯楽の品にもかかわらず、禁苑きんえんの貴重な土壌を使って育つので、値段が高く設定される。己の財力を誇示したい貴族たちは、決まって邸宅に生花を飾った。


 その中でも、錘宮すいぐうは特に白百合を好む。

 根の部分が薬になり、食料にもなる白百合は、活けることで空間が華やぐと同時に、豊かな収穫によって国が富んでいることの証左しょうさともなるからだ。


「ついでに言うなら、人差し指と薬指の関節に胼胝たこができてる。よく筆を握ってる証拠だよ」

 一等かどうかは知らないけれど、書記官ってのは、あながち嘘じゃあないんじゃない? と。結論付けた果朶に対し、感心し切った表情の厭朱が頷く。

「流石ですなぁ、の旦那。相変わらず頭が切れる」


 首の匂いを嗅がれた少女は、恥ずかしさと解せなさが入り混じった表情だ。

「白百合の香りだなんて、よく、すぐに分かりましたね? ここら辺は、花が咲くこともないでしょう」

「俺の親父は、錘宮すいぐう御用達の商人でさ。小さい頃、よく手伝いで付いて行ったんだよ」

 飄々と答えてみたが、果朶は、親の職業どころか顔すら知らない。

 清々しいまでの嘘八百に、少女はうっとり目を細めた。

「まあ、素敵! 親孝行でいらっしゃるんですね。感動です。あらためまして、私、錘宮で一等書記官を務めております。めい彗翅すいしと申します。先に説明しておきますと、私は現在十七歳で、十六の時に一等書記官の試験に最年少で及第させていただきました! 是非とも以後お見知りおきを」

 年齢にまつわる質問は飽きるほどされていると見える少女の名乗りに、果朶は僅かに目を眇めた。


 最年少で及第した俊英という事実もさることながら、彼女が名乗った姓もまた、興味深いものだった。

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