そもそも、雰囲気自体が柔和である。垂れ気味の双眸に、それを隠す長い前髪。口元が涼やかなお陰で、清潔感を欠いた印象はない。骨ばった手足がゆったりと動く様は、風に吹かれる大樹にどこか似ている、と果朶かだは思う。


「ちょっと、雨禾うか。声が大きい。言ったじゃん、学院に通ってたこと知られたくないんだってば」

 焦って腰を浮かせた果朶に対し、雨禾は前髪の奥の目をついと細めた。

「忘れてないよ、大丈夫。こっちを気にしてる人なんていないでしょう?」


 二人がいるのは、中層域ちゅうそういきにある菜館さいかんの屋外席だった。八仙卓つくえが所狭しと並べられ、蓮の花を象った薄紅色の灯篭とうろうが、頭上でぽやんと微光を放つ。


 このあたりの民家には必ずしも炊事場があるわけではないという事情、そこに陽が沈んだ直後という時間帯が重なって、周囲は大いに賑わっていた。

 酒杯を片手に話に花を咲かせる者、冗談を言い合って大声で笑う者。共通して言えるのは、誰も彼もが、自分の連れ合いに気を取られている。

 それもそうかと頷いて、果朶かだはほっと座り直した。冷静になってみれば、この旧友が、人の嫌がることするわけがない。


 果朶は、十八歳で学院を去った。


 それは、果朶の人生における唯一の挫折にして、最大の挫折だった。

 学院寮を逃げるように引き払い、自分の代名詞でもあった金髪は、生まれながらのすいの民のように黒く染めた。そうやってしばらくの間、知らない人間しかいない下層域かそういきでひっそりと暮らすつもりだったが、いざ家賃を折半してくれる相手を探し始めた時、仲介屋に紹介されたのが驚くべきことに雨禾うかだった。


 果朶と同じく十三歳で学院予科よかに入学したよう雨禾は、果朶と違って十五歳で除籍処分になっている。


 とんでもない不良、というわけではない。むしろ、試験の度に成績不振者をふるい落とす学院予科にやり過ぎのきらいがあったのだと、果朶はそう思っている。


 とにも、かくも。

 果朶は、予科生時代の自分を知る人物を遠ざけるよりも、雨禾と家賃を折半する方を選んだ。雨禾という人間は、それだけ信頼できる、ということだ。


 果朶がひらりと手を上げると、程なくして、給仕が注文を取りに来た。


「へい、毎度。何にしやすか、旦那さん方」

「ええと、俺は蒸かし芋の胡椒和え」

「俺は、唐辛子入りの酸菜魚スァンツァイユー花椒ホァジャオも多めで」


 雨禾の告げた料理名があまりにも辛そうで、果朶は小鼻に皺を寄せる。この国の人間は、つくづく刺激物を好んで食べる。

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