「……俺が、飛行技術の開発に関わっているからですか。禁苑の──……家の利益を守るために、そのような者は邪魔だった、と?」

 の更なる追及に、こうは、口元を薄く歪める。

 慈しみに満ちていた眼差しに、不意に酷薄な白い光が閃いた。


「ああ、そうだ。きょう家の立場を盤石なものにしてきたきょうそうが死去し、錘主夫人を輩出したおう家は、ますます勢力を強めていくばかり。けんえいさんの足元が揺らいでいる今、飛行技術などが開発されてしまったら、我々にとってはひとたまりもない。憎々しさで人を殺すことができるなら、せいほうは、とっくに錘主を地脈の彼方に葬っている! ──無論、私も同様だ」


 夜行は、大仰に両手を広げた。この立場を得るまでに、私が一体、どれほどの手間暇を費やしたと思っている? と、果朶に向かって問いかける。

 その双眸はますます奇妙にぎらついて、まるで、目に見えない大きなものに挑みかかっているようでもあった。


「陰険な蛾よりも用心深く、親族にすら疑いの目を向ける清法に取り入るのは、並大抵のことではなかった! 彼のために何事かを取り計らえば、かえって『なにを企んでいる?』と睨まれる始末だ。それでも時間と労力を積み重ね、ようやく信を得たというのに──……今度は、娥家そのものが賢裔三家としての威信を失うやも知れぬ、と? 冗談ではない!」


 眦をつり上げて、夜行は、苛立たしげな表情で吐き捨てる。

 それは、果朶が初めて目にする光景だった。

 果朶を拾った先生は、所作のどこを切り取っても、品格ある人だった。養い子である果朶に対しても、落ち着いた振舞いを心掛けるよう、諭したものだ。

 ましてや、誰かを口汚く罵るなど、決して良しとしなかった。


 衝撃を飲み下し、果朶は、なんとか反論した。

「では、土地不足をどう解消するのです? 右肩上がりに増え続ける錘の民を、今のままの禁苑で、養えるとおっしゃいますか。食料が行き渡らねば、暴動だって起きるでしょう。賢裔三家も、対応に苦慮するはずです」


 娥家にとっての不利益を並べた果朶に、夜行は、皮肉めいた表情で肩を竦める。

「だから、調整しただろう。『増えすぎた人口』を」

「……──調、整?」


 今度こそ、果朶は言葉を失った。

 夜行の返答が意味するところを察することができたからこそ、頭が理解を拒否していた。

 ──有り得ない。


「まさか──……煙草にたんこうしょうを配合し、がいそうしょうを発生させたのは、そのためですか? 死に至る病により人口を減少させ、それによって、次の世代で生まれる子の数をも抑え──……異邦への活路が拓かれずとも構わぬようにと、企んだのですか」


 問いながら、眩暈がした。

 気だるげに頬杖をついた夜行は、最早肯定することすらしない。

 陽は東から昇り西へと沈むのですか、と尋ねる幼子と対峙しているかのように、果朶のことを見下ろすのみだ。


 ぐらぐらと、脳髄が鈍く痛みだす。

 人間の所業ではない。私利私欲のために、身内の利益のために、あれほど多くの命を刈り取るなど、到底許されることではない。


「ひどい不遜──……とんだ傲慢でしかないでしょう。自分と関わりのない層域で生きている命なら、単なる数字に落とし込んでも構わない、と?」


「質の悪い命だよ」

 夜行は首を横に振った。

 先ほどの昂ぶりは収まったのか、一転して、微笑みさえ浮かべている。


 穏やかな口調で、彼は、果朶にこんこんと言い聞かせた。

「私が、しゅに命じて煙草を販売させたのは、下層域や中層域の下部のみだ。そこに住まう彼らが末永く生きることに、一体なんの利益があった? 私と違って、動力や肥料の開発ができるわけでもない。かと言って貴族や官吏たちのように、この国の未来のために身を尽くすこともしない! ──文字通りの穀潰し。要らぬ命だ」


 夜行の主張を聞きながら、果朶は虚しく、しょうどうしゃの開発にまつわる彼の逸話を思い起こした。

 下層域にまで迅速に食材を届けるため、あらゆる貴族やじゅを相手に粘り強く交渉し、大廊の敷設に成功した〈奇才〉夜行。

 彼が、先ほどのような台詞を吐く日が来るなんて、誰に想定できただろうか。


「かつての先生は、そのような考え方をされていなかったはずです……」

 縋る思いで指摘した果朶を、夜行は、すげなく一蹴した。


「さあ、昔のことなどとうに忘れた。ともかく、此度の咳嗽症による死者は、知性ある者が生き残り、繁栄するための然るべき犠牲だった。中層域の者たちが重症化する前に特効薬を開発したから、税収への打撃も少なく済んだ」


「──ならば!」

 果朶は、声を振り絞った。

 眼前が赤く染まる。

 筋力が本来の機能をほとんど失っている時に、大声を発したせいか、瞼裏で白い星が明滅した。

「ならば何故、は死なねばならなかったのです! それこそ彼は、才ある者だ。先生の理論にのっとるならば、繁栄すべき者でしょう! なのに、何故──……」


 仔細を知らぬ者にとっては、慈々もまた、咳嗽症によって命を落とした不幸な少年でしかないかも知れない。

 けれども、ぼうたちとともに、〈えんたんこう〉の成分を確認した果朶には分かる。


 あれは、意図的な殺人だ。


 たんこうしょうがんそうの配合をあえて変更したからこそ、有り得た病状の進行具合だ。




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