5
途中で言葉に詰まった
「──だからこそ、だ」
艶めかしい
眉をひそめる果朶の前で、夜行は、滔々と語り続けた。
「お前は、実に敏い子だ。そうとも、私は彼の命を損なわせた。見込みのある
腹の前で指を組み、とん、とんと夜行は手の甲を叩く。
夜行の瞳の青い炎が、不意にぼっと燃え上がる。
「私から、〈奇才〉の座を奪う前に、始末しておく必要があるだろう? 私は、彼のすぐ枕許で、一晩にわたって煙草を燻した。恐らくは、十日と保たなかったに違いない」
その言葉に、果朶は、目の前が真っ暗になった。
──無茶苦茶だ。
まるで、知らない生き物と対峙している気分だった。
先生の秀でた額も、彫の深い輪郭も、かつては毎日、同じ食卓の向かい側に臨んだものだ。
けれども今は、初めて見たかに思われた。
──知識が乏しい人間のことを、価値のないと穀潰しだ、と断じる。
──その一方で、自分よりも才ある人間を脅威と見なし、排除にかかる。
矛盾した振舞いをする彼の前で、存在を許される者は、ならばどれほどいるのだろうか。
「……俺の汽界を奪ったのも、それと同じ理由ですか」
溜息を吐いた果朶に、夜行はふと目を見張る。
燃えていた炎は失せて、代わりに、狼狽に似た色が過ぎった。
なにかを言おうと口を開く夜行に先んじ、果朶はそのまま、言葉を続けた。
「俺が
もしそうならば、なんて哀しい、とふと思う。
一体いつ、果朶が、夜行を蹴落とそうとしただろう。
むしろ果朶は、夜行のことを永遠の憧れと見なしていた。その想いを夜行もまた、受け止めてくれていると思っていたのに。
果朶に、野望と呼べるものがあるとするなら、
夜行は再び、心を鎮めることに成功したようだった。
「お前は、それをも悟っていたのか。ああ、私は確かにお前の才を摘み取った。
取り澄ましたような笑みを浮かべ、夜行は、自明の理として果朶に説く。
「私は、一番でなくてはならないのだよ。師儒たちの最頂点、誰もが到達できない高みに、常に身を置かなくてはならない。下層域の民のように、無益な一生を送るなどしてはならない」
──ほんの刹那。
……稲光だ。
同時に、言葉が脳裏を駆け抜けた。
『当たり前でしょ? 俺は、天才じゃないといけない。そうでないと、俺を拾ってくれた先生に顔向けができないし、それに』
あれは、かつて自分が口にした台詞だ。
そう悟った瞬間に、
「……そうですか。先生が、そのように権力と名声に固執なさるようになったのは、前より更に色彩の区別が付きにくくなっているからですか?」
問うた瞬間、果朶は束の間、息ができなくなるかと思った。
まるで、この世のすべてが息絶える間際にしか落ちないような、冷たく重い沈黙が駆動車の内を支配したからだ。
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