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 十九禁門の門守かどもりとは、とうに顔見知りになっている。


 詰所に寄って事情を話すと、彼は、下級官吏の装いから元の衣に着替えるように二人に指示した。それから、慣れた手付きで簡易な身体検査を施してくれる。


めい一等書記官が懇意にされているお方ですから、間違いはないと思いますが。作物に害ある薬品などを持ち込む者がいないかどうか、気を張っておくのが我々の仕事でもありますので……」


 服の内やくつの中を確認されて、二人は詰所を送り出された。


 しばらくは、薄暗い通路を歩かなければならなかった。


 錘宮を横断するために設けられた、朝晩に農夫たちが行き来する貫通路トンネルだ。茶色い壁には、晶汽で作った淡い明かりがぽつりぽつりと灯されている。

 通路の先には鉄の扉が下りていて、その前にもう一人の門守が控えていた。


 彼は、先の門守が二人に渡した許可証を確認すると、壁に取り付けられた把手をきりきりと巻き始めた。


「既にお分かりかと思いますが、念のためお伝えさせていただきます。許可を得ていない者が、禁苑内の作物を収穫、あるいは持ち出されますと処罰の対象になります。また、無断で畑に立ち入って苗や畝を荒らしたりもせぬように。お帰りの際は、あちら側にも門守がおりますので、どうぞお声かけください。それでは、お気を付けて」


 彼が言い終わると同時に、把手を巻く音が止まった。

 持ち上がった扉から、陽射しが差し込む。


 眩しさを真正面から浴びて、果朶かだは束の間目を眇めた。

 身体にあるすべての皮膚が、一斉に呼吸を始めた気がした。


 一望千里の耕作地が、見渡す限り広がっていた。


 慈々じじが、小さく息を呑む。薄い瞼で何度か瞬きを繰り返し、くんと鼻先をうごめかせる。


 空はまだ、青かった。

 日の入りまでは、幾ばくかあるらしい。高みに浮かんだうろこ雲の際だけが、微かな橙を帯びていた。


 耕作地は、天涯山の半ばに向かってゆったりと傾斜していた。


 盛られた土や柵によって、四角く区分けされている。それぞれの区画では、黄金きん色の稲穂が重たげに頭を垂れたり、あるいは深緑色の菜類が畝に植わっていたりした。


 畝の中では、屈み込んだ農夫たちがせっせと作物の手入れをしている。彼らの姿は天涯山に近付くほどに小さくなり、しまいには豆粒のようになって、たっぷりと葉を付けた作物の狭間に溶け込んだ。


 ところどころ、きらりと光っている区画があった。恐らくは養魚池や用水路など、水を引いている箇所だろう。


 慈々は、立ち止まっていた。あたりを見回し、静かに目を輝かせる。

「大地が光を吸っているのだ。秋なのだ。収穫の気配がするのだ」


 果朶もまた、歩みを止めた。

 傾きかけた陽射しの中で、生命力を実らせた作物たちは、その内側から輝きを放っているようにも見える。

 ここにあるのは紛れもなく、錘の民が拓き、耕し、繋いできた土地だった。


 壮大なる天涯山は、あばらの骨を剥きだすようにどっしりと横たわる。

 翡翠色の陰影と明るい日面が交互に続き、人の身には立ち入れぬ錘の国の限界を成していた。


 円筒形の塔が三本、禁苑きんえんに建っていた。


 天涯山の麓近く、比較的標高が高い場所に一本。

 そこから下った地点に広がる、茶畑の中に一本。

 茶畑の東側、低く窪んだ区画に一本。


 塔はどれも灰色の石組みで、地面と接する部分には狭く隙間が空いていた。そこから、清涼な音を立てて水が流れ出している。


 水の流れは複数に分岐しており、田園に向かう筋はなみなみとしている一方で、それ以外の区画に向かう筋は控えめだ。

 三本の塔は、天涯山から湧き出ずる水を適切に分配する水門を、その下部に有しているのだった。


 果朶は、茶畑の中に建っている一本を指さした。


「あの塔が、俺たちがこれから行く三類塔。一番高いところに建ってるのが一類塔で、低いところに建ってるのが二類塔だよ。ちなみに、禁門から一類塔まではまあまあかかる。俺の足だと、二十分くらいかな?」


 二類や三類の師儒しじゅたちが、裏でこっそり僻地塔へきちとうと呼んでいる所以である。

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