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十九禁門の
詰所に寄って事情を話すと、彼は、下級官吏の装いから元の衣に着替えるように二人に指示した。それから、慣れた手付きで簡易な身体検査を施してくれる。
「
服の内や
しばらくは、薄暗い通路を歩かなければならなかった。
錘宮を横断するために設けられた、朝晩に農夫たちが行き来する
通路の先には鉄の扉が下りていて、その前にもう一人の門守が控えていた。
彼は、先の門守が二人に渡した許可証を確認すると、壁に取り付けられた把手をきりきりと巻き始めた。
「既にお分かりかと思いますが、念のためお伝えさせていただきます。許可を得ていない者が、禁苑内の作物を収穫、あるいは持ち出されますと処罰の対象になります。また、無断で畑に立ち入って苗や畝を荒らしたりもせぬように。お帰りの際は、あちら側にも門守がおりますので、どうぞお声かけください。それでは、お気を付けて」
彼が言い終わると同時に、把手を巻く音が止まった。
持ち上がった扉から、陽射しが差し込む。
眩しさを真正面から浴びて、
身体にあるすべての皮膚が、一斉に呼吸を始めた気がした。
一望千里の耕作地が、見渡す限り広がっていた。
空はまだ、青かった。
日の入りまでは、幾ばくかあるらしい。高みに浮かんだうろこ雲の際だけが、微かな橙を帯びていた。
耕作地は、天涯山の半ばに向かってゆったりと傾斜していた。
盛られた土や柵によって、四角く区分けされている。それぞれの区画では、
畝の中では、屈み込んだ農夫たちがせっせと作物の手入れをしている。彼らの姿は天涯山に近付くほどに小さくなり、しまいには豆粒のようになって、たっぷりと葉を付けた作物の狭間に溶け込んだ。
ところどころ、きらりと光っている区画があった。恐らくは養魚池や用水路など、水を引いている箇所だろう。
慈々は、立ち止まっていた。あたりを見回し、静かに目を輝かせる。
「大地が光を吸っているのだ。秋なのだ。収穫の気配がするのだ」
果朶もまた、歩みを止めた。
傾きかけた陽射しの中で、生命力を実らせた作物たちは、その内側から輝きを放っているようにも見える。
ここにあるのは紛れもなく、錘の民が拓き、耕し、繋いできた土地だった。
壮大なる天涯山は、あばらの骨を剥きだすようにどっしりと横たわる。
翡翠色の陰影と明るい日面が交互に続き、人の身には立ち入れぬ錘の国の限界を成していた。
円筒形の塔が三本、
天涯山の麓近く、比較的標高が高い場所に一本。
そこから下った地点に広がる、茶畑の中に一本。
茶畑の東側、低く窪んだ区画に一本。
塔はどれも灰色の石組みで、地面と接する部分には狭く隙間が空いていた。そこから、清涼な音を立てて水が流れ出している。
水の流れは複数に分岐しており、田園に向かう筋はなみなみとしている一方で、それ以外の区画に向かう筋は控えめだ。
三本の塔は、天涯山から湧き出ずる水を適切に分配する水門を、その下部に有しているのだった。
果朶は、茶畑の中に建っている一本を指さした。
「あの塔が、俺たちがこれから行く三類塔。一番高いところに建ってるのが一類塔で、低いところに建ってるのが二類塔だよ。ちなみに、禁門から一類塔まではまあまあかかる。俺の足だと、二十分くらいかな?」
二類や三類の
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