13
素っ気ない廊下だった。
「貴族たちの屋敷の方が、よほど立派で広いはずです。なにせ、この建物が錘宮となったのは、成り行きに過ぎません。初代の
暑くないからだろう、と果朶は思う。
壁には提灯のようなものがかかっていた。昼間だから灯していないのかと思いきや、そもそも
手のひらを寄せてみると、ひんやりと冷たい空気が肌を撫でた。
「歴代の錘主の中には、錘宮の手狭さを嘆いた者もいました。そういった錘主たちは、錘宮の増改築に取り組んで、一部階数を増やしたり、地下室を作ったり、別棟として
中に
なにか、冷たいものを模した晶汽を提灯に入れ、壁にかけて暑気払いとしているのだ。
「私たちが使っているのは、その放棄された地下室です。
なるほど、と頷いた果朶は、打って変わって下級官吏の装いをしていた。
落ち着いた紺の
彗翅が、不意に申し訳なさげな表情になった。
「迂回ができないのが、錘宮の悪いところです。もうすぐ、
初めて聞く単語を、果朶は鸚鵡返しに呟いた。
「書記官室」
「はい。三等書記官や二等書記官のほとんどが、そこに常駐しています。議事録の整理をしたり、官吏たちからの要望に応えて資料探しや文書の作成をするんです」
書記官という職業の概要は知っていたが、勤務時の具体的な様態まで知らなかった。彗翅の話は新鮮だった。
「三等書記官と二等書記官だけ? あんたは?」
「一等書記官は、高位官吏の専属です。部局の長官や次官の付き人として傍に控え、公的文書の作成や資料作りの補佐などを行います。若輩者の分際で恐縮ですが、私は錘主の専属です。人事局の指示ではなく、論述試験の解答が気に入ったからと、錘主直々にご指名をいただきました」
「……なるほど」
果朶は唇の端を歪めた。彗翅が言った論述試験とは、二等書記官が一等書記官に昇進する際に行われるものだろう。
あの錘主、やはり食えない。いくら解答が良いにしても、そのようなことをすれば、彗翅の立場が微妙なものになると安易に予想がついただろうに。
錘主は半ば自覚的に、ただでさえやっかみの素材がたっぷり入った煮込み料理に、これでもかというほどに香辛料をまぶしたのだ。
「果朶さまは、ごく普通の官吏の真似をしておいてくださいね。書記官は、錘宮での身分で言えば官吏よりも低いので。無暗に話しかけてくることもないはずです」
不意に、濃く白百合が香った。
それに混ざって、紙と紙が擦れる音や、
書記官室には、ざっと三十名ほどの書記官がいた。
灰色の袍を着た三等書記官や、くすんだ銀色の袍の二等書記官。彼らは忙しなく行き交って、百合が活けられた机の間で資料を見せ合い、あれやこれやと話し込んでいる。あるいは席から動かずに、無心で筆を走らせている者もいる。
彼らの年齢はまちまちだが、全員が男性であることに果朶は気付いた。
洗い上げたような純白の、一等書記官の長袍は人目を引く。
彗翅が数歩もいかない内に、廊下側の机を使っていた一人の書記官がこちらを認めて、隣の書記官を肘で小突いた。
小突かれた書記官は訝しげに顔を上げると、彗翅を見付けて心得た表情になる。それから、最初の書記官と意味ありげに目配せし合った。
果朶は黙って目を細めた。
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