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「へぇ、そう。つまりあんたは、その上層域にもある組織ってのに、しゅが所属してたんじゃないかって見当を付けてるわけね」


 すいは、小さく顎を引く。

「はい。ご主人の話によれば、その上層域の組織では、金銭さえ支払えば、本当に『何でも』引き受けてくれるのだそうです」


 花びらをすりつぶす手を止めて、はくがふと顔を上げた。


「──きな臭くなってきたな」


 静かな、耳殻にしんと染み入る声で、彼は会話に口を挟む。


「金次第では殺しさえ引き受ける、上層域にある組織? そんなもの、明らかに貴族たちを顧客層に据えている。それでもって俺たちには生憎と、貴族になら襲われる心当たりがあるだろう?」


「はぁ? なにそれ。そんなもの──……」


 ないんだけど、と言いかけて、けれども果朶は口をつぐんだ。

 気が付いてしまったのだ。


 心あたりは、確かにある。貴族や、政治に携わっている人間たちから、命を狙われてもおかしくない心当たりが。


「……要するに、飛行技術が開発されたら都合が悪い人間が俺やを排除しようと企んで、かつ、たんこうしょうの粉末を混ぜ込んだ煙草まで売ってたって言いたいわけ?」

 苦々しい口調になった果朶に、伯烏は頷き、花の汁が付いた手を手巾で拭った。


「逆に、それ以外になにがある? 錘主は、飛行技術の開発を進めていることを隠し立てしなくなった。錘の国の民が増え、食料がますます重要な意味合いを持つ中で、けんえいさんにこれ以上の権力が集中することを恐れている弱い立場の貴族たちは、錘主になびき始めている。その流れに、危機感を持った者がいるんだろう」


 その者は賢裔三家か、はたまた賢裔三家に縁ある者か。


 厳しい顔で、彗翅も首を縦に振った。


「ええ。私も伯烏さんと同じ意見です。果朶さま、どなたかに飛行技術の開発に携わっていることを明かしましたか? あるいは、錘宮とご自宅を行き来する際に何者かに尾行されたり、誰かに見張られたりしている気配を感じたりしたことは」


「はぁ、どうだったかな。少なくとも、尾行とかは意識してないけれど──……」

 彗翅の問いに応えつつ、果朶の喉は微かに震えた。


 腹の底が、ひんやりと冷たくなる。

 それは、汽界が見えなくなっていることに気が付いた何年も前のあの春と、ひどくよく似た温度だった。


 ──錘主の下で、飛行技術を開発しているのだ、と。

 果朶が明かした相手は、先生だけだ。


 散る花のように、脳裏を過ぎっていく言葉がある。

『二類を頼るのは、いささか早計かも知れんなぁ。──この国で、最も植物に詳しいのは誰だろうなぁ?』

『二類のじゅを疑ったのは、正解だったかも知れないねぇ……。これは、相当に知識と技術がある人間が、関わってるに違いないよ』


 錘主もぼうも、言っていた。

 咒豆が扱っていた煙草の調合には、植物に詳しい人間が携わっている、と。

 夜行もまた、その条件に合致する。


 伯烏が、腕を組んで彗翅を見上げた。

「案外、めい家の仕業だったりしないのか? 言っておくが、鄍一等書記官のことを疑っているわけじゃない。だがは、鄍こくれい師儒の内弟子となっただろう?」


 鄍家に住み込む日々の中、或令やれいを前にした彼が、ここでの研究に果朶が関わっていることをうっかり零してしまってはいないのか、と。

 伯烏にそう指摘され、彗翅は微かに眉根を寄せた。


「そうですね。確かに、可能性としては考えられますが……兄は、世渡りが下手というか、そういった小細工に疎いところがあるのです。父も、家格が高くあることに対しては、神経質ではありますが……。だからと言って、そこまで過激な手段をとるかどうか」

 身内の贔屓目と言ってしまえばそれまでなので、鄍家の内で不審な動きがないかどうか、取り急ぎ確認します、と彗翅は首を縦に振った。


 果朶はふと、気が付いた。


 果朶が飛行技術の開発について打ち明けた相手は先生だけだが、先生がほかの人間に話していないとは限らない。

 煙草の調合にしたって、なにに使うのか知らされていない先生が、無自覚的に巻き込まれてしまっている可能性だって考えられた。

 たとえば、家の外廊下ですれ違ったあの老当主などは、ぞっとするほど鋭利な眼差しをしていたではないか。



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