25
「……
ぽつりと呟いた
果朶の発言の意図を心得た様子で、同時に、どこか気遣うような面持ちで頷いた。
「分かりました。人の命がかかった依頼なら、
彗翅の応えに、果朶は、静かに目を閉じた。
……助かった。
そう、思っている自分がいた。
もしも己を害そうとしたのが夜行なら、果朶は今度こそ立っていられなくなってしまう。なにを信じて生きればいいか、分からなくなってしまう。
彗翅や
地下室にはここ数日間、
それでも果朶は、乾いた木片を思わせる、穏やかな先生の香をありありと知覚できるのだった。
──『青磁の香炉で焚く香が、失明に導く煙を生むと、
──『漓師儒の汽界に異常はない。「青磁の香炉で焚いてはいけない」って知っていなくちゃ、回避し続けることは難しいんじゃないかな?』
瞼が、引きつったように細かく震える。
呼吸は、花びらがすくえる水の
咒豆や煙草の件は一旦脇に避けるにしても、
先生は、夜行を敬愛している果朶であれば、もらった香炉をあえて使わないでいることもしないだろう、と見当が付いていたはずだった。
誰かに、助けを求めたい気分だった。
それでいて、果朶は、なにからの助けを求めているのか、どうなることが救いであるのか、微塵も分からずにいるのだった。
十五年も前の記憶が、鮮やかによみがえる。
『久しいね。──私のことを、覚えているかい?』
天涯山で夜行に発見されてから、果朶は、しばらく
歩けるまでに回復を遂げた頃には、自分を見つめる周囲の目が、困惑と畏怖を含んでいることに気が付いていた。物陰から果朶を窺い、ひそひそと囁き合う者すらいたほどだ。
──あの得体の知れない異邦の子どもを、これからどう遇したものか。
彼らの声が、耳に届くようだった。
鬱屈とした日々を切り裂いて、
錘宮の一室で、果朶を認めた夜行は、まるで眩しいものでも眺めているかのようにくっきりとした睫毛に縁取られた目を眇めた。
『……お前はやはり、私を見ても、驚くことはおろか、気味悪がりもしないのだね』
果朶には、いっかな分からなかった。
天涯山で差し出された夜行の手は、力強くて温かかった。
そんな人を、一体どうして気味悪がれるというのだろう。
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