26


 すいの都市は、既にお祭り騒ぎだった。

 国全体が一斉に盛り上がれる行事は、花煙節かえんせつと正月くらいだ。


 廻廊に並んでいる屋台も、常と比べて明らかに多かった。

 山査子飴さんざしあめやし糖水とうすい、果実茶など、甘いものを扱っている屋台があれば、羊肉の串焼や韮饅頭にらまんじゅうなど、香辛料をふんだんに用いた刺激的な料理もある。

 食欲をそそる匂いがあちこちから押し寄せて、風車や独楽こまを手にした子どもたちが、その間を駆けていく。

 華々げげ慈々じじが、豚肉と葱を餅で包んだ大餅巻肉ダービンチュエンロウの屋台に熱視線を送っていた。


 ところどころ、綺羅樹きらじゅの花を模した白い華灯を、軒先に吊るしている家があった。

 綺羅樹の花は、ほんのり白く透き通った五つの花びらを持っている。優しげな風情の花で、花芯だけが山吹色だ。

 去年の花煙節から今年の花煙節までの間に亡くなった者がいる家は、綺羅樹の花を象った華灯を吊るせば、祭りの間だけ故人が帰ってくると言われていた。


〈望淵〉が所有する、花火玉を保管するための無骨な倉庫は、いくつか廻廊を下ったところにあった。


 寝不足顔の厭朱えんじゅが、あれやこれやと矢継ぎ早に指示を飛ばしているのが見える。


「ああ、ちょいと。そいつはぁ錘宮のお偉いさんからいただいた花火ですぜ、もっと丁重に扱ってくだせぇ。ほうの旦那、その木箱を十六湖門じゅうろくこもんまで運んでくれませんかね? 打ち上げの地点までは、あとでまとめて移動させるんで」


 花火が納められている木箱は、火の気から守るため、漆喰で塗り固められている。

 蟹のような足取りでそれらを移動させている綺羅晶掘きらしょうほりたちに協力すべく、果朶かだたちもまた、新たな木箱を持ち上げた。


「あっ、そこにある花火は、二十四湖門にじゅうよんこもんに運ぶみたいです! 倉庫の裏に荷台があるので、良ければ使ってくださいね。終わったら、私をお嫁にしてください!」


 溌溂とした明るい声に、果朶はぎょっとして動きを止めた。

 振り返って見てみれば、覚え書きを参照しつつ、厭朱のように指示を出しているのは、あろうことか彗翅すいしである。


「いやいやいや、ちょっと待ってなんであんたここにいんの? さっき帰ったはずだよね?」


 朗らかな笑顔に向かって、果朶は思わず、問いただしにかかってしまった。


 さかのぼること、およそ五時間。斎湖さいこから戻ってきた果朶に綺羅晶を渡された後、彗翅は錘宮に戻ったはずだ。その折に、今日は流石に花煙節かえんせつの準備に参加しなくてはいけないから、研究には行けないと伝えてある。

 答えたのは、果朶たちの後ろから倉庫に入ってきたりんだった。


「ああ、俺が頼んだんだよ。今日という日は、人手が多ければ多いほどありがたいだろ? もしも暇なら手伝ってくれないか、ってな」


 体格のいい凜は、ずっしりと重たい木箱を持ち上げるのに難儀していた華々げげ慈々じじを手助けすると、彼自身も木箱を抱えて颯爽と出て行った。

 無表情でありながら、果朶と彗翅に対する好奇心をありありと覗かせて、華々と慈々も凜に続いて倉庫を去る。

 彼らを見届け終わってから、果朶は、抑えた声で彗翅へと話しかけた。


「……あんたさ、別に暇じゃないでしょ。断ってもいいんだよ、そんな頼み」

 凜たちは知る由もないが、一見すると果朶の追っ掛けでしかないこの少女は、実は錘主からの信頼厚き一等書記官であり、賢裔三家けんえいさんけの御令嬢でもあるのだ。

 毎朝〈望淵〉に来ているため、暇だと思うのも無理はないが、綺羅晶掘りたちが気軽に扱き使っていい相手ではない。

 しかし、彗翅は首を振った。


「それが、今日は休みなんです。花煙節の日は午前で上がりと、錘宮では決まっているので。正午の会議が終わってすぐに、官吏たちは皆帰りましたよ。私やきょう一等書記官も、もう仕事はないから下がってよいと、錘主に言われて」


 彗翅の声には悪戯めいた響きがあったが、果朶は、かえって申し訳ない気持ちになった。

 せっかくの午後休を、こんなところで手伝いなどして過ごさずとも良いものを。


「……もしかして、ご迷惑でしたか?」

 黙りこくっている果朶を見て、彗翅は、困った顔をした。


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