7
山脈越えの飛行機体は、
左右に延びた翼部をも含めると、年の瀬に
それでも、小回りが利きやすいようにはしてあった。
胴体部分の下部には、三つの車輪が付いている。
飛行の際は、これらを用いて滑走し、勢いづけてから離陸する。
滑走のための
ゆったりと幅広の、歩いて渡りきろうと思えば一分はかかる程度の長さのものだ。
最後の一機を確認し終え、
「異常なし。──いつでも出発できるよ」
視界を遮るものはない。
走路からは、
産毛のごとく降りた露。網目のように張り巡らされ、さらさらと流れる無数の水路。
本科塔には、二、三の明かりが灯っていた。
青紫に潤んだ天涯山は、未だその稜線が定かでない。
けれどもよくよく目を凝らすと、薄っすらと白んでいる端があるのが見てとれた。
錘主はひょいと肩を竦めた。
「ならば、よい時宜に出発してくれ。──くれぐれも、気を付けてくれよ」
後半の一言は、彼にしては珍しく真摯だった。
頷き返して、果朶は、錘主の後ろを確認した。
そこには、一等書記官の
唇は真一文字に引き結ばれて、張り詰めた眼差しは、わずかの間も逸らすまいとじっと果朶に注がれていた。
彼女に向かって、果朶は微かに目を眇めてみせた。
それから、天涯山に向き直り、大きく息を吸い込んだ。
水の匂いと、瑞々しく息づく幼苗の香り、それらをはらんだ冷たい空気が、いっぱいに肺腑を満たした。
最果てに横たわった山脈は、大地の威容の象徴で。
見れば見るほど、峻厳になるようだった。
……──恐ろしい、とふと思う。
それでも、飛ばずにはいられなかった。
どんな懸念も、この衝動を止めることができないことを、果朶は十分自覚していた。
「空路は頭に入ってる?
尋ねた果朶に、技術官たちは、ある者はああと静かに、ある者は任せて! と勢い込んで頷いた。
飛行機体には、二人一組になった技術官たちが乗り込むことになっている。
役割はそれぞれ異なり、一方は大気を形づくる游子の動きを見定めつつ操舵、もう一方は、通常の視界で周囲の状況を確認しながら操舵の補助だ。
走路の先頭に停まった機体から順に、操舵を務めるのは果朶、
「言っておくけど、無理だけは禁物ね。危険を感じたら、引き返すなり待機なり、最も余裕があると思われる選択をすること。……最後に聞いておきたいことはない? 実は具合が悪いんですって人は?」
五人と順に目を合わせ、そこに物言いたげな色が浮かんでいないことを確認すると、果朶はきっぱり宣言した。
「俺のところは、五十秒後に滑走を開始する。あんたたちも順次続いて」
了承の言葉を返し、技術官たちは各自の機体へ散っていく。
果朶は、操舵席に腰を下ろした。
視界が変わった。
すぐ目の前にある機体の頭部と、左右に延びるすらりとした両翼に、離陸の実感が込み上げる。
焦点を汽界に移せば、天涯山を吹き降りる、ゆったりとして穏やかな游子のうねりが見てとれた。
「十秒前。……八、七、六……」
雨禾が秒読みを開始する。
紫がかった、どことなく古風な風合いの蒼の遊子のうねりを見据えながら、果朶はそれに耳を澄ませた。
「……三、二、一。出発──……」
蒼、蒼、とにかく蒼だ。
まるで、その色彩の中へと吸い込まれていくようだった。
抜けた、と思った瞬間、浮遊感がやってきた。
飛行機体が走路を離れて、禁苑上空に飛び出したのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます