89 乙巳
伏せた八重の
あれは――屋内だった。つるりとした湿気が
その
何人たりとも決して寄せ付けないという、強い意志がそこにはある。だから、彼女が今の状況を嫌悪しているのか、それとも悲しんでいるのか、それすら読み取れない。
その彼女の
二人の
――そうして、そんな彼等の前には、遺体が一つ転がっていた。
不意を突かれたのか、背を切り裂かれている。床に倒れ伏した背には鮮血が
そこへ、また新たに三人の男が入ってきた、一人はやや年長であり弓を手にしていた。あとの二人はまだ幾ばくか若かった。
その若い二人の内――背が高く眼光の鋭い雄々しい青年が女性の方へと顔を向けた。
「――これで、もう後には引けませんぞ、母上」
女性は険しい表情で
いま一人の青年が、つかつかと遺体に近付く。そちらの青年は先の彼よりやや
「貴様ら、
鋭い眼光の青年が、「待て大兄、日没が近い。日暮れまでに宗我の前へ首を投げろとの叔父上のお言葉に
「分かっとる!」
大兄と呼ばれた青年――それは、眼光鋭き青年の実兄だ――は、そも大きなその
雨が、それを洗い流してゆく。
兄の腕に、袖に、伝い落ちてゆく。
大雨や。
嵐や。
時代が――変わるんや。
土砂降りに打たれながら、くつくつとした笑いを漏らしていた兄は、自ら高らかに掲げた
この兄と運命を共にする覚悟を決めたその男は、共にしとどに濡れゆく。二人は、狂気を
屋根の下に
それは果たして真の大義であったのだろうか。
この宗我の一族に奪われた、彼等が一族の命の報復であったのか。否、それはいずれも正しくはない。現に彼等の父母は、この男の父の手によって各々玉座に着いたのだから。
彼等一族が権を広げる
宗我は――伸び行く芽を選んで、他の見込みのない枝葉を切り落としてきたにすぎない。その芽に従って、自らの枝を伸ばしたに過ぎないのだ。
それは、責められた筋合いではないだろう。
何故なら、大海人等、
宗我も倭も、各々がその一族の未来を天に向けて育んだに過ぎない。そして、その争いに敗れたか否かは結果に過ぎないのだ。
であるが故に、宗我の芽を彼等が切り落とす事も、また必然であったのだ。
大海人は、そっと静かに
そして――。
ゆっくりと
八重には、自身の視点が、彼等の一体どこにあったのか、今を
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