14 保食
男の――
「五万? だった? そんなに長く連れ添って、ようやく、なんだっけ?」
「うそ、だ」
少女の微笑みは、
「ねぇ、月人の懐妊って、一体どうなってるのかしらね? 懐胎していても、出生までに『受け皿』の種が置き換えられたら、その種の子が生まれてくるなんて、あたし達にはにわかに信じがたい構造なんだけれど」
「止めてくれ‼ 紅江を放してくれ‼ 頼むっ、た、頼むから‼」
「どうしたの? 何を頼むの?」
少女は不思議そうに小首を傾げる。
「
少女の瞳に、きらり、と光が
「そう、そうなの。贄がいるのね」
「そうだ! 知りたい事があるなら俺が言うから! だからっ」
「うん。でもそれはね、もう――」
少女は男の左眼球の下に流れる血を指先で掬い取り、べろりと見せつけるように自身の舌で舐めとった。
「奥の牢に繋いである紅江も、ちゃんと話してくれたんだ」
男の両肩が、がくりと下がる。がたがたと手足が震え出した。
少女は内心で「よし」と首肯した。
彼の心が折れた事を、漸く把握できた。これであとは――麾下に任せられる。
「――この地下ねぇ、この更に下に、五十くらい独立した独房があるんだ。ここみたいに外に面してるとこって、他にはないのよ。その独房を常に一杯にしてあるの」
「どく、ぼう」
「ほら、だって貴方達、
少女はゆっくりと立ち上がった。隴欣の眼に宿るのが恐怖と絶望である事を見て取ると、今度こそ本当に、元の投げやりな無表情に戻った。
「貴方達って本当にお気の毒よね。邑人にやられたら最悪
「――お前は……お前達は、一体何者なんだ」
少女は呆れたように肩をすくめた。
「そんなの、教えるわけなくない?」
と、少女の背後から足音が近付いてきた。
「
少女を背後から男の声が呼ばわる。影から姿を現したのは一人の偉丈夫だった。手を上げて少女を呼ばわるその手首には
「今行く」
少女は視線も向けずに男に応えると、隴欣に向けてにっこりと微笑んだ。
「紅江は、今のところ生きてるわよ。お腹の子もね。ちゃんと聞きたい事に応えてくれるなら、種の置き換えなんて酷い事もしないつもり。生まれてくるまで、あと大体二月? 三月未満かな? それまでの間によーく考えてみてね。――つまり、まだ君は殺す予定じゃないって事」
外に控えていた見張りの一人に、隴欣を地下独房の一室へ移すよう少女は指示を出した。
少女と偉丈夫の二人は、地上に這い出ると
「『環』外しの贄に使えるのは、『色変わり』しない男に限られる、か」
少女は歩きながら鵠の方へ視線を向け、苦々しげに口の中のものを土の上に吐き出した。唾には血液が混じる。
「ほんともう、冗談じゃないわ。よりによってその条件で
「その麻硝からたった今伝令がきた。
「ああそう、そういう事ね」
少女はつまらなさそうに髪を掻き揚げた。
「わかった。鳥は
その言葉を受け、鵠が言い難そうに口を開く。
「なあ、
「なに」
「……
少女――
帰還できた者がいれば、そうでない者も当然いる。生死を分けた境は明白で残酷だ。二人の間に重い空気が垂れ込めた。
仙山が先の一連の
保食は絶対にその身を危険には晒されない役どころだった。そして寝棲は生還を絶望視される任務だった。寝棲等に求められていた役割は、合祀の結果を「確実に大本営へ報せる事」だった。帰還自体はそもそも絶望しされていた。その為に
とまれかくまれ、予想に反して保食寝棲の双方が無事に生還した訳だが、未だ再会は果たしていない。保食はあの時以来、
「――お前は、これでいいのか?」
「何が」
「これで
「そんな事はどうでもいいんだよ。はじめから分かってた事だ。そもそも、あたしは梨雪に器をやらせる気はない」
一人は
そしてもう一人が、
それこそが、この少女だった。
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