24 冥途の土産
酔いもある。無論、気温の低さもあったろう。しかしそんなものとは比較にならないくらい、この少年の内に
「ぼくも、ここしばらく君と関わってわかったけど、
「――俺は、多分聞く耳がないんだよ」
「うん。そうだね」
「寝棲には、
「うん。そうだね」
「――みんな、良い奴だったんだ」
ばちん、と激しい音がした。焚火の中で
「友達を
「良い人達だったんだね」
「
「――あれ、あんたの発案だったの……」
絶句した保食の言葉が届いたのか否か、八咫は更に言葉を続ける。
「その間に
八咫は背中を丸めながら「――あんなに事が早く動くとは思わなかったんだ」と
「
夜は更けた。刻限的に、そろそろ年が変わる頃だった。
「――そんな頃だった。仲間達の様子がおかしくなっていったのは」
「――目覚め、かい」
八咫はこくりと頷いた。
「あの頃は、そんな事知らなかった。ただ、急におかしくなった奴等が共食いを始めた。それを止めようとしていた奴等もだんだんおかしくなっていった。誰がいつおかしくなるか分からない。今日は大丈夫でも明日はだめかも知れない。――あいつらからしたら、自分がいつ豹変して仲間を殺すか分からないんだ。どれだけ怖かったろう」
ぎり、と八咫は拳をにぎると、壺を取り上げ酒を
「その内、仙山が民衆の乱を装っていたのに先導されちまったのか、本当に仙山以外の、本当の
ごとり、と壺を地面に置く。無意識なのか、自身の左下腹部を撫でる。
「――寝棲が助けに来てくれなかったら、俺は
ふふっと、自嘲の笑みを漏らし、八咫は頭を掻いた。そして真顔で二人を見た。
「なあ、それでも俺は
歯軋りして震える八咫に、保食は胸が締め付けられる思いがした。
「八咫」
「確かめなきゃいけないんだ。どんだけ怖くても、ちゃんと、俺が自分の眼と手で確認しなきゃいけない。自分がやらかした事の責任をとらなきゃいけねぇんだ。あいつのいない明日は、俺の生きる場所じゃない。だけど、それ以上に、
保食は、少し
「―――あんたさ、そこまで思う相手がいて、なんで
「それこそ、俺にしかできない事がそれだからじゃねぇか」
八咫は真っすぐな眼で水泥を見上げる。
「水泥兄さんなら、わかるだろ? 俺がならなきゃ別の誰かが犠牲になるだけだ」
「うん。そうだね」
水泥も、八咫を真っすぐに見つめる。
「大切な人の未来につながるならって、ぼくもそうおもうから」
ふ、と笑いあう二人に、保食は盛大な溜息を吐いて頭を抱えた。
「何なの二人ともほんっとに……そんな死にたいわけ?」
「いや、そりゃお前、俺だって死にたかねぇよ? 他に方法がないかは探るがさ、いざって時はそう動くって事は決めとかなきゃならんだろうが」
保食は、はあと再び溜息を吐きながら頭をふる。その呆れかえった仕草に八咫は「ああ?」と眉間に皺を寄せた。
「お前、そんな溜息ばっか吐くんじゃねぇよ。身を棄てて大役を仰せつかった仲間に対してあまりにも情がなさすぎるだろうが」
「うるっさいよ! この馬鹿餓鬼が!」
言うが早いか、保食は八咫の壺を奪い取ると一息に古酒を煽った。
「あっ、おい!」
「ちょっと保食、だめだよ。飲みすぎだよ」
「あたしはぁ」
すん、と鼻を鳴らしながら、保食は口元を
「あたしは、器になる事は覚悟して生きてきたよ? そのへんあんたらの考えも気持ちもわかる。――だけどさ、思いあう相手がいるってのに死に向かうその感覚はっ、どうっしても理解できない! なんでなんだよ⁉ なんで残して行こうなんて発想が出てくんのさ⁉」
「いや、俺等は別に思いあうとかそういうんじゃ」
「ぼくも、そうだと思うけど……」
「うっさい! あたしは寝棲の話をしてんの‼」
保食の怒声に、八咫と水泥は「ああ」と顔を見合わせた。
「――それは、まぁな」
「確かにね」
「でもなぁ」
「ね」
ぶつり、と保食の中で何かの糸が切れる。
「男二人でわかったような顔してんじゃないわよ‼ なんでこう、男共はこうなの⁉ 優しい言葉と態度と誠意だけ遺していけばいいとでも思ってんの⁉ 梨雪の気持ちはどうなんの! 置いてかれる女の身にもなりなさいよ‼」
そこまで叫んで、保食ははた、と正気に返った。
男二人がじっと自分の顔を見ている。その視線に含まれる意味など明白だ。これは完全に自分が口を滑らせている。しくじったでは済まない酔いの醜態に、保食は頭を抱えて縮こまった。
「――なあ、お前さ」
「いい、何も言うな」
「いや、言うだろさすがに」
「頼むから、黙れ」
「保食、さすがにそれは無理な注文だとおもうよ」
「
「いやいや。……いやまあ、俺には言われたくねぇかも知れんが、お前こそ惚れた男がいるんと違うか?」
「――――知らない」
「いや、そりゃないだろ」
「だってしょうがないじゃんか⁉ 私なんか何とも思われてないんだもん!」
「もんって……もんって」
半笑いになる八咫と、苦笑する水泥の顔を、腕の隙間から見る。顔が赤いのは、当然古酒の所為ばかりではない。
「なぁ保食。
「いいと思うんか⁉」
「いや、ここまでお互いさらけ出した仲なら
「そうだね。誰かな? 保食」
保食は、顔を上げ、
「――無理」
五ヵ月の内に、保食も簡単な文のやり取りが可能なくらいになった。結局、気が急く八咫の心情を理解していた水泥が麻硝と話をつけ、蓬莱に残されていた文献は長である蔡が筆写したものを仙山に送り届けるという形で八咫の手に渡り、その脳に刻まれた。蓬莱の文献は布に刺されるような事もなく、また
「――やっぱり、あれは瀛洲だけのやり方やったんやな」
そう、ぼそりと遠い目で
八咫が仙山大本営を離れたのは、保食が蓬莱へ向かった直後の事だったと、保食は後に麻硝から聞かされた。
方丈の図版を手に入れるには、宮城に入るしかない。
その為には黄師に潜り込むのが確実だったのである。
八咫が
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