6 覚醒
72 海岸にて、二者 ー経緯ー
「――それは、ほんとう?」
大きな
それは恐らく他愛もない日常の中での出来事だった。
「
ふいと、抱き上げていた幼子がそういいながら、自分の
明るい冬の日だったと思う。
そう、浜辺を歩いていた。前後の流れは失念したが、確か、母と弟の連れ立って歩く姿を見かけてしまった彼が一人部屋の隅でひっそり泣いていたので、浜へと連れ出したのだ。
正面から吹き付ける海風が肌を叩き、前髪の形を崩れさせる。
自分から柑橘の
それに対して問うてきたのだ。
それは、本当か? と。
「――ええ、本当ですよ。どうしてそんな嘘を
「うーん。なんとなく」
「私が若に嘘を吐く必要がないでしょう?」
ふわりと微笑んで返すが、黒い瞳はこちらの目を見据えて放さない。
光を飲み込み真実まで射るような眼の前に、悟堂は
この世に生を受けて早幾年。近年では、大抵の者はこの物腰と、急ごしらえで
でも、自分はそんな人間でいいのだ。他人からどう思われようが、裏切ろうが裏切られようが、そんなものは
そう――確かにそう思っていたのに。
今よりも若く未熟だった頃の自分は、本当に、
その度に、母は心底苦々しい顔をした。そんな母を見るのが、大層愉快だった。あれ程胸のすく物はないとそう思っていた。あの顔のために女達を抱いていたとも言える。
だが、相手を自分の思う
ただ――胸の底に、ころりと転がしてある、たわいもない一つの思い出だけが、微かに悟堂の良心を
一人の少女が、過去からじっと悟堂を見つめている。
いつも自分の事を案じてくれたあの横顔が、ささやかな接吻が、救えなかった後悔が、ずっと、転がっている。
どうせ
自分を置いていくのに。
どうしても守りたかったあの命は、救うために離れていた間に、あっという間に散った。
離れてはいけなかったのに。
喪いたくないならば、絶対に、離れてはならなかったのに。
救うために動いた隙に奪われたなんて、笑い話にもならない。
だから、そこからの悟堂の人生は、
誰にも理解されなくていい。殺意を含めた侮蔑に
構わなかったのだ。
奴等の望みなど全てこの手で断ち切ってやる。思い通りになど絶対にしてやってなるものか。そのためならこの手を汚す事などなんでもない。あらゆるものを破綻させてやる。
そのために、自分はこの口を閉ざし続けるのだ。
そう思って生きてきたのに。
じっと見つめる子に微笑みかけてから、すっと立ち上がりその手を繋いだ。
「戻りましょうか、若」
「うん」
手を繋ぎ、この進みにくい砂地をゆっくりと進む。
砂が――砂が足元を
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