55 本領発揮 ー経緯ー
南東は持ちこたえているようだが、やはり北西の状況が厳しい。青い
思い出したくもないが、あの夜の
しかし、
死ねない。
文字通り
正に地獄の様相だ。
梶火の喉の奥に苦い物がせり上がるが、眉間に皺を寄せてからべっと
さっき
――いた、紅炎だ。
紅炎のすぐ近くで、半身に
紅炎はその背後にあの子供を護りながら次々
梶火の両脚が地に着地をするのと、その周囲にいた五人程を二刀流で
眼の前でそれを見る羽目になった紅炎が「はああ⁉」と叫ぶ。
「お前さん、本っ当に五邑か⁉」
「はっ! 本来五邑はこうなんだよ!」
「話がおかしいだろ! だったら何で五邑は自ら朝廷に
「そりゃ!」
引き抜いた樹で塊になっていた十人を一気に薙ぎ払った。
「俺の方が御先祖とやらに聞きたいぜ‼」
赤玉廟から谷へ伸びる斜面の半ばに
きゅ、と梶火の
「
梶火は炎から眼を離さずに子供の頭にぽんと手を置いた。
「大丈夫だ。帅哥達が守ってやるから。親と一緒に廟の中に隠れてろ」
「うん」
子供は
恐ろしい事に、紅炎が花月の上半身を、青炎が下半身を小脇に抱えている。紅炎は花月の両脇に手を差し入れて、まるで幼児を抱え上げるかのような仕草で彼女に目線を合わせていた。
「で、誰の差し金だ? 目的はなんだ?」
花月は何も言わない。只々口惜しそうに紅炎を睨み付けながら、口の端から漏れ出ていた血をべっと紅炎の顔に吐いた。紅炎はにっと笑って、頬から口元近くに垂れてきたその血を舐め取った。
「――この味から察するに、花月。お前さんやその仲間達、実は
紅炎の言葉に青炎も首肯する。
「この匂いは、そうだろうな。着ているものの素材からみても間違いないだろう」
「つまり同郷か?」
梶火の問いかけに騎久瑠が頷くだけ頷いた。
「なんでこんなとこまで――」
危坐からこの辺りまではそれなりの距離がある。
「つまりは親父のとばっちりだよ。狙いは私だ。――紅炎」
「はぁい?」
「お前、こいつの『受け皿』を埋めた奴、検討つくか?」
「ええとねぇ――流石につくね。俺馬鹿だけど」
にやりと笑って青炎の方を見る。正確には、青炎が小脇に抱えている花月の下半身を、だ。
騎久瑠曰く――この花月という女はそもそも
違和感の正体は、紙の手触りと匂いだったのである。
「危坐の
「――うん?」
「ほら、その練香水の黒木苺と割とよく似ているんだよ。私らは鼻が利くからな。危坐の楮を使って作った紙に書かれた弟州からの紹介状。これが引っかかったという訳だ」
「それはつまり、紹介状を書いた奴、つまり弟州の民が危坐に入り込んでいるという話か?」
「そうだ」
騎久瑠が静かに自身の口元を手で覆う。
「――危坐州
花月がびくりとした。無論それを紅炎は見逃さない。にやりと笑う。
「当たりみたいだぜ、騎久瑠ぅ」
騎久瑠は忌々しそうに頷いた。
「ショウケイ、ってなんだ?」
「薔荊というのは県の名だ。危坐州の北西部にある。薔荊県という。ここの県長の動向が怪しいという話は以前から
言いながら梶火の懐を指さす。
「練香水か」
「危坐の楮の実とよく似た黒木苺に、薔薇の香り。これだけで危坐の薔荊を現す。それを淡黄色の練香水に仕立てた。これが意味するのは」
「――
騎久瑠はにやりと笑った。
「
「悪ぅござんしたね。俺は察しが悪くて」
唇を突き出す紅炎に「気にするな。慣れればお前で問題ない」と騎久瑠は笑った。
「あとは、練香水を詰めていたのが弟州製の陶器だった。――ここから更に意味を推察するに、弟州が自領内の黄師を使って、危坐州の薔荊県長を取り込んでいる、というところだと見当を付けた」
「つまり目的は?」
「
「疑っているのは朝廷か? 黄師というなら」
梶火の問いに答えたのは青炎だ。
「そこまで上層部ではないだろう。疑義を持ったのが
そこで「あ」と梶火が顔を上げた。
「俺今黄師って言ったけど。あいつら軍じゃねぇぞ」
騎久瑠は「わかっている」と眉間に皺を寄せながら、にやと笑った。
「今攻めてきているのは危坐の民だ。それこそ薔荊で困窮した者を県城で抱え込み、弟州に引き渡して今日の駒にしたんだろ。客観的な状況としては、危坐の州長の娘を危坐の民が略取しようとしているだけだからな」
「奴等は
「そう言う事か!」
言ったのは紅炎である。青炎と騎久瑠が忌々し気に「「お前は気付いておかんか!」」と声を
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