78 玉座に着くための道



 おすくには立てていた膝を下ろして胡坐あぐらをかいた。

らいが言うには、僕を連れ去る時に仙山せんざんの頭と互いに名乗りを上げたらしくてね。そこを利用されたんだろうさ。舐めてかかるからこういう目に合うんだ、馬鹿め」

「今、仙山はどこに? 彼等は朝に対して名乗りは?」

 険しい表情で問う悟堂ごどうに、食国はかぶりを振るう。

「上げていない。今後も上げる事はないんじゃないかな。――仙山は四年前に、恐らく図らずもといったところだったんだろうが、高臼こううすと衝突して、一度その存在が明るみに出ている。その結果、破れ離散しているんだ。――今もどこかに潜伏はしているはずだ。だけど、万一再び表に出る事があるとしたら、それは仙山からではなく、蓬莱ほうらいからという名目になると思うよ」

「そうか……そういう事か」

「仙山が今どう動いているのかは、はっきりとはわからない。前の白浪の拠点がああも簡単にさらされたのは、恐らくわざと臥雷に僕を連れて行かせて、その後を麾下きかに追わせていたんだろうね。でなければあれ程正確に位置をあばけたはずがない。臥雷も手をこまねいていたよ。蓬莱自体が、たかだか七百程度の規模の邑だもの。そこの有志にわずかな員嶠いんきょうの残党を加えて寄り集まった私兵程度のものとしか、あいつも踏んでいなかったからね。――でもそんなものじゃなかった」

 悟堂は、しばらく考え込んでから、長い溜息を吐いて「成程」と吐き出した。


「仙山という奴等は、辺境の民とつながっているわけですね」


 食国はうなずく。

「状況的に見て、そうとしか言えないだろうね」

「――概ね同意ですが、御子がそうお考えなのですか? それとも白浪が?」

「僕が、と言いたいところだけど、りょうだよ。臥雷の父親だ。彼はそもそも氷珀ひょうはくの砦を守っていたの禁軍の将だ。あの辺りの事について詳しい。無論、統治からはぐれた妣國ははのくにの民の気質にも通じている」

「名高きろうの賢将、おう雪巌せつがん殿ですか」

「知っているんだ?」

璋璞しょうはくがよくその名を口にしましたから」

 現朝廷禁軍右将軍の名を口にしながら、悟堂の脳内は急速に冷えてゆくのが分かった。

「白浪は今後、仙山とどうしていくつもりなのですか?」

 食国は目を閉じて首を横に振った。

「臥雷の腹積もりは分からない。でも、あいつああ見えて執念深いからな。やられた事は倍にして返すつもりだと思うよ。――あの件で白浪がこうむった被害は、かなり大きかった。対して、その隙を利用した仙山が月朝の追撃を免れて、規模を大きくしたろう事は間違いない。未だに朝廷の手が及んでいるわけではないところを見ると、実際に国を崩せるのは白浪ではなくて仙山の方になるかも知れないね」

 皮肉な笑みが食国の頬に浮かぶ。


「そうなったら、白浪ごと仙山に投降すればいいんだ。どうせあいつらが欲しいのは、自分達は国家の正統であったという再評価なんであって、別に僕自身を擁立ようりつしたい訳じゃない」


 中々の暴論に悟堂は呆れ顔を見せる。

「それが、御子のお考えなんですか?」

 食国は今度こそ本当に吐き捨てるような笑い声をあげた。ずるりと長い髪がまとわりつきながら、白い手にげられる。

「五百年もむらの片隅に隠されていただけの僕が、本当に天下国家を動かせるとでも思うの? 僕が見る限り、父の時も今も、皇帝は国家をわたくししている。本当の意味で民衆が苦しまないで済む国を目指しているようにはとても思えない。苦しくなれば民衆も生きる為になりふり構わなくなる。国家は、ほんのささやかなずれでこうも簡単に瓦解して混乱に陥るんだ。――こんなものを、僕なんかがどうにか出来る訳がないだろう⁉」

 悟堂は、噛みつくように睨みつけてきた食国の視線を受け止めた。そして、ゆっくりと噛んで含めるように言葉にする。

「御子――それが見えている貴方になら、俺は天下を託してもいいと思う」

 食国の口から「はっ」と嗤いが吐き出される。

月皇げっこうかいいぬ呼ばわりされる君にも、天下国家に対する理想はあるんだね」

 挑発と侮蔑に近いその言葉に悟堂が返したのは――真顔だった。

数多あまたの命を散らしてきた事は認めます。が、俺にも譲れないものはある。その為に目指す物が合致する主を選びたいと願うのは、決して不遜ふそんではないと信じているのですが?」

 無言を返す食国に、悟堂は改めて向き直ると、一度深く頭を垂れた。

「この辺りは既にご承知の事かも知れませんが、俺の名は四方津よもつ悟堂ごどう黄師こうしの諜報部隊である『筒視隊とうしたい』にて現地潜入の任――特に五邑のそれを専門として当たる『とう』を担っておりました。父は四方津よもつ堂索どうさく。これはたい輿を裏切った方丈ほうじょうの長です。母はだい璞蘭ぼくらんげつ如艶じょえんが白皇の三交后さんこうごうになる以前から、そのこうであったせきぎょく神子みこの一人です」

「――なに?」

「御子にも分かりやすく言うなら、母は如艶じょえんの妻です。今はどうか知れませんが、七年前まではその側室の座におりました。如艶じょえんが白皇の命で世俗に下ろされた折に共に世俗に降り、その麾下きかとして働きました。たい輿の乱が起きたさいには、黄師として方丈で一寶いっぽうの『真名まな』とそれを管理する父の監視に当たっていました。その時に、如艶じょえんの命で俺を身籠みごもったのです」

 思いもかけなかった話に、食国は絶句した。

如艶じょえんは、堂索どうさくの執着が母にある事を知っていました。故に、子を為させる事で自陣に取り込んだのです。方丈は当時から『色変わり』なき民の多数生まれる邑でしたから、最悪、方丈だけでも維持できればいいという思惑が黄師こうしにはあった。如艶じょえんのその策に従った事により、母は月の狗と呼ばれるようになり、その子である俺は仔狗と呼ばれるわけです」

「――それは、野犴達は知っていることか」

「ええ、当然知っているでしょうね」

「それは、そんなものはお前のとがではないだろうに……」

「出生よりも、その後の行動でしょう。御子が御存知ないだけで、俺は如艶じょえんの勅命に従い、邑の反乱分子も、朝廷内で皇に翻意を疑われた者も、命のままにほふってきました。死屍しし散華さんげに害されない混血というのは、至極便利なものなのですよ」

 困惑に顔をしかめる食国に、悟堂はにやりと笑んだ。

「こんな不出来な狗でよろしければ、如艶じょえんを乗り捨てて貴方に忠誠を尽くしてもいい。――ただし、俺がこの命と体を捧げたのは別の人間だ。それ以上に優先する物はこの世のどこにもない。それでいいなら、貴方が玉座に着くための道を、俺がいてやる」


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