77 食国、引き続き語る



 状況が一変したのは、丁度その半年が経つか経たないかという年明けの頃であった。禁軍と黄師の進軍が始まったのである。後に分かった事だが、この時帝壼宮ていこんきゅう及び各地には文が飛ばされていた。



 此度の各州城県城に起きし一連の事は、先朝遺臣である白浪が月朝に与えし誅罰である。水源には死屍しし散華さんげの毒を流した。これは月朝が国土より祖神せきぎょくを放逐し、暴虐の象徴たる白玉はくぎょくを引き込んだが故に起きた事である。各地に分配されていた不死石しなずのいしは白浪が手に納めた。あらゆる交渉はない。こちらには白皇の遺児があり、これをもって白朝復古を宣言するものである。簒奪者たるげつ如艶じょえんは直ちにその天にあだした罪業深き事実を認め、僅かなりともその罪をすすぐべく白皇遺児に禅譲せんとすべし――と。



 そして文には琅邪ろうやおうらいの名に加え、選りにもよって、当時の本拠地、つまり豊州にて拠点を開いているむねが明記されていたのである。

 首脳部はにわかに大恐慌の只中へ突き落された。

 この文を発したのが内部の者なのか、外部の者なのか、先ずそれを突き止めるのに時間がかかった。宣誓の文書を発する手筈は整えられつつあったが、拠点を宣言する予定などない。何よりも――時期がまずい。当時の白浪は、まだ全面的に朝廷と事を構える段階には達していなかったのだ。


 仙山せんざんが起こした襲撃事件は、完全に白浪の手によるものと周知されてしまった。


 これは、白浪にとって大いなる汚名を着せられた災禍であったが、月朝にとっても未曽有の大惨事となった。

 残り少なくなった不死石では、汚染された全ての水源を回復させるには到底至らず、結果、集住の難しくなった地域から民の流出が始まった。となれば、当然税収も上がらなくなる。州庫は補填ほてんの為に開かれるが全く間に合わない。何より、水が汚れた結果、作物を育てる事も難しくなった。

 月の民は不死の民であるため、飲まず食わずでも飢えないが、飢餓感がない訳ではないのである。人心は大いに乱れ、その怒りは白浪にも向いたが、多くは朝廷に向けられる事となった。

 何故なら、飢えれば死ぬ五邑ごゆうの民に優先して国庫を開いている事が明らかだったからである。


 乱が各地で発生し、矛先の一部はえいしゅう蓬莱ほうらいにも向けられた。この時点での食国達には預かり知らぬ事だが、この時期にえいしゅうでは熊掌ゆうひ梶火かじほに指揮を執らせ、自警団を形成させている。これを黄師に認めさせる事ができたのは、こういった経緯によるものだった。邑人自身にも自衛に取り組ませねば、警護が間に合わなかったのだ。


 混乱の平定を急いだ朝廷は、全ての因は白浪の暴挙にありとせんがため、各地の軍師を集め、いつにして白浪へ襲撃を掛けた。

 しかし、その第一陣が到達する頃には、白浪の主幹は食国おすくに宇迦之うかの悟堂ごどうを含めて現在地へ内密に移動を済ませている。代わりに殿しんがりは大いに打撃を受け、軍師も大いに損なった。

 しかし、第二陣の到達間際に、朝廷側に難が生じた。

 州城県城から、金銀並びに宝物が目減りしているという報告が上がるようになったのである。軍師の多くが派兵に割かれている今、僅かな駐屯兵しか残されていない事も多かった。宮中より刑部ぎょうぶが派遣され、状況を確認した時には、多くの城内の倉庫がもぬけとなっていた。酷い場合には武器庫もである。

 それに引き続き怪しい報告が上がるようになった。少なからぬ民衆が北東に向かっているというのだ。詳しく調べたところ、辺境の不干渉地域の民から、月の民に不死石しなずのいしが流れているというのである。月の民にとっては水源を汚された以上、それを清める不死石は必須。どれ程の金子を積もうが求めざるを得ない。

 民の動きは複雑化し、それに引き摺られるようにして軍の動きも混乱してゆく。



 不死石の不足が顕在化けんざいかすれば、次に民が意識するのは――瀛洲を置いて他にない。瀛洲の危機の最頂点は、実はこの時期にあった。



 えいしゅうにはさんぽう合祀ごうし維持の為に、他とは比べるべくもない量の不死石が置かれている。広く知られた話だ。そして当然の如く、困窮した月の民による襲来が発生した。結果、その石を使用して飲水した月の民が死んだ。下がりの品の保管小屋の火災による粉塵と延焼に巻かれ、毒され、石は使い物にならなくなっていたのである。

 本来であれば民衆の蜂起と収奪の的となったのはえいしゅうである。万一あの火災が起きていなければ、えいしゅうは今の形を留めていなかった可能性が高い。塞翁さいおうが馬である。

 そこでようやく、各地の庫から収奪されたものが、不死石と引き換えに不干渉地域の民へ流れているという事が発覚したのである。

 朝廷は戦慄した。

 その事実に至るまでに、果たしてどれ程の国財がまつろわぬ民へと流れただろうか。

 彼等は姮娥こうが国のみならず、妣國ははのくに、五邑の民、そして恐らくはそれ以外にも、存在の判然としない民によって形成されている。明確な統治を持たず、小規模の集団が個々に点在している切りだが、その存在が統治下にない以上、どこと癒着しているか知れたものではない。

 辺境の地へ財が流出している事が明らかとなった以上、一部の軍をそちらへ割かざるを得ない。場合によっては再び妣國ははのくにと事を構える可能性も出てくる。

 民衆の乱は留まる事なく各地で群発している。その制圧にも兵を割かざるを得ない。結果として白浪一つに派兵を注力することあたわず、わずかな隙をついて白浪は完全撤退を果たしていた。

 当初の拠点は、爆破し痕跡を消した。



「――という事をて、現状に至っているんだよ」



 それだけの事をつまらなさそうに言う食国に反して、悟堂の表情は酷く険しかった。

「その、文を出したのは何者か突き止めたんですか?」

 食国は、やはりつまらなさそうにその両目をすがめる。

「――そんなもの、仙山せんざんに決まっているじゃないか」



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