79 乳房
*
七年の眠りから覚醒したばかりの
彼を
悟堂の身を置いている
これは、母、
単なる繁殖手段としての交配者など、彼等の中では何の意義も持たないのだと。
宇迦之は
そう。母は側室ではなく、
食国は
食国自身の中にも、伴侶というものは一夫一妻だという強固な思い込みがある。そこからの逸脱に対して強い
複数の人間と命を、身体を重ねたくない。
それが食国の本音であり、また、伴侶にも求めるところだ。
しかし、白の民の身でそれを堅持すれば、未来に命が繋がる事はない。
「――……袋小路だな」
溜息交じりに
視線を前へ向けて、食国は母の仕事を、その手の凄まじさを目の当たりにし、そして心に受け止める。
この磨き抜かれた床石を素足で踏む度に、左足首を
彼にあるのは先帝の遺児であるという事実と、
この国の現状のままでいいとは
そもそも食国は、
善しと比定できる存在がない状態で、目指すべき像を定めるのは難解極まりない。
正直に言って、閉口の上お手上げと言った気分だ。
廊下を進んだ先に、
野犴は、手にしていた赤い上衣を簡易的に食国に纏わせると太い革帯でゆるく
正絹と思しき衣の表には、鮮やかな金糸の刺繍が散りばめられていた。
「御不快は承知致しておりますが、衆目を集めます」
「わかっている。
「既に」
手回しの良い事だと、食国は薄く笑んだ。野犴が日頃から悟堂に対する嫌悪を隠さずにいたのは確かだが、存外本気で首を
絹の手触りが、ずるりと肩で
まるく、まろやかな乳房は人よりかなり大きいが、月の民は授乳をしないから、これはただの邪魔な脂肪の塊なのだ。だったらなくていいのに。
八咫が欲しがるものじゃないなら、何もいらないのに。
はじめは『環』による拘束で不調を来したのかと思われたが、やがて異変の正体が明らかになった。
経血がきたのである。
その事実に
食国本人は、長く自身を
三交により一子が為される時、子は三人の親から雌雄の何れかの種を一つずつ引き継ぐ。この時、雄性が二、雌性が一であれば雄性寄りの両性となり、雄性が一、雌性が二であれば雌性選りの両性となる。三つの性が同一で
確かに、夜見の民は嗅覚で自身や他者の雌性雄性の種を判別する事ができるが、その判断が付けられるようになるのは成人に等しい成長を経た後の事。食国の成長の遅さが、その判別を
経血と言っても、五邑のそれとは質が違う。その頻度は数年に一度あるかないか程度のものだ。が、経血が発生した者は懐妊の可能性が飛躍的に高まる。外観も雌性に近付く。この七年で、全身の線はまろくなった。胸や尻の豊かさも、最早隠せない状態にある。そしてその身体的成長に従い、しばらく前から雌性二種である事が匂いからも確認されるようになっていた。
が、長年雄性の感覚で過ごしてきた食国である。彼にとって意識や立ち居振る舞い、身形を雌性的に改めるのは想像以上に不快な事だった。
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