80 繁殖条件
「
「お二人の話を聞きながら大笑いしておりましたよ。あれの覚醒を随分楽しみにしていたようですからね。何がそんなに面白いものか、私には到底理解しかねますが」
「使いようによっては戦局が引っ繰り返せるからだろう」
「あれは、何か語りましたか」
「いや、お前達から知らされた以上の事は口にしていないな」
野犴の声が、表情が、硬くなる。
「――
「
「失礼致しました」
食国は、まとめ損ねた髪が一条、つるりと自身の頬にかかったものを認めた。面倒そうに背に流すと、野犴が掬い取って
「悟堂が母親から受けた傷は、全て回復したようだな」
野犴は不快気に顔を
「あの
野犴の言葉を耳にしながら、食国は無言で先へと急いだ。
悟堂の母である
決して、
現状、結果から確認される限り、
第一に、『色変わり』する民、つまりは
第二に、『色変わり』なき者であっても『子宮』の死屍散華のみを吸着した
第三に、これが
これは言い換えるならば、夜見側が赤玉の種を保持していれば死なないと言う事だ。
五邑側が保持している死屍散華が『子宮』であれば死なない。『
つまり、それ以外の場合、五邑と夜見の民との交配は、後者の死に直結するという事だ。
しかし、『子宮』は既に『御髪』『玉体』と共に瀛洲にて
自然――基本的にこの両者の交配は避ける事が妥当と判断された。
確かに
『真名』の有した特色は『発露』。それは、その死屍散華を浴びた者の持つ残虐性を限りなく増幅させ露呈するものであった。
方丈の民が総じて冷酷非道と呼ばれるのは、恐らくは五百年をかけて蓄積された『真名』の特色により染められたものだろう。そしてそれを邑ごと宮城内に引き入れた結果が
『発露』の力は、月朝の中にも
悟堂は――それ程特殊な出生にあった。
他の混血に比べても傷の治りが異常に遅く、白眼を隠すために潰された右眼の回復までに二十年を要していた。主だった月人であれば、三日もあれば回復する。それだけ四方津側の血が濃く出たのだろう。つまり、邑人に擬態する事も、違和を排除して潜入する事も、それだけ容易だったのである。
員嶠が滅びた原因の多くは悟堂にある。
それは間違いがない。
この重い事実について、悟堂は果たしてどう思っているのだろうかと食国は考える。
食国の所見だが、本来悟堂という人間は、他者に対して執着がない。恐らくそれは、相当な数の人間と死に別れてきたからだろう。頓着しなければ別れに苦しむ事もない。
五百年間、同じように
だから、悟堂がどういった経緯を経て、
――廊下を急ぎながら、
食国は、既に悟堂を腹心に据える事を決めている。皮肉な話だが、食国本人の意思を顧みずに事を進めた白浪よりも、熊掌の意志を最優先として動いた悟堂の行動原理が、食国の信頼を勝ち取ったのである。
食国にとって、最優先事項は白朝の天意奪還でもなければ、当然、白浪の威信復古でもない。
静かに瞼を伏せる。
あの夜、彼と約したのだ。
――必ず無事で戻って。僕を玉座に押し上げるのは八咫なんだから。
次にその
この国がどこへ向かうかはまだ分からない。ただ、人心を
万一にも自身に天意があり、玉座に着く事が求められるというならば、食国をその座へ押し上げるのは正しく蹂躙された民である八咫達の声だ。五邑と白玉を持ち込まれた事によって生存の危機に瀕している
優劣と格差を餌に人心を操るのではなく、個々の全てに対し、自身が国家の柱であるという認識と矜持を
左耳に張り付いた赤き玉を
廊下の
食国は一つ大きく息を吸い込むと、空席となっている上座の隣の椅子に腰を掛けてにやりと笑う臥雷を見据え、凶悪なまでに美しい微笑を浮かべた。
高く透き通り、天の果てにまで至るような食国の声が、麾下に告げる。
「皆、待たせた。これより白玉奪還へ向けての会合を執り行う」
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