81 白浪首脳部

          *


 食国おすくには上座に自身の身体をどさりと投げ出すようにして着いた。野犴やかんは、その背後に一歩引いて立つ。食国は腕組みをしながら、円卓に集った自身の麾下きかの面々を鋭い視線で一望した。

 各々の視線は食国に向けられているが、その全ての思惑が開陳かいちんされている訳ではない。全員が全員、食国自身を、食国であるからという理由で心から主として認めている訳でもないだろう。それは彼の求心力の薄弱さにるものであるから、食国も今更とがめだてはしない。不快にも思わない。長く劣等意識の種ではあったが、そう捉えるのももうやめよう。そんな思いで今、彼等に対峙していた。

 そして恐らく、彼等にもそんな食国の意識的な変化は伝わっていた。それ程に今日の食国の視線には力があった。

 食国の眼は隣に座すらいに止められた。相も変らず短く刈り上げた白い頭髪、褐色かっしょくの肌に漆黒しっこく双眸そうぼう。曲がりなりにも白浪はくろう頭領という立場であるにも関わらず、その軽佻けいちょう浮薄ふはくな態度は相も変わらず。好んでまとう衣服もかぶいている。その場にのぞんだ者の内では、特段浮ついた風貌だ。



「それで? 僕を待つ間にお前の腹案はまとまったのか、らい



 真っ先に名指しされた臥雷がおもしろそうに口の端を歪める。

「俺から出せる最善案は変わらん。器の候補者を全員殺して、次代の白玉はくぎょく継承を途絶えさせる。以上だ」

 食国は冷たい眼差しで臥雷に一瞥いちべつを向ける。

ごとになるが、却下したはずだ」

「おいおい。そりゃこうしゅ様の極めて個人的な執着が出した感情的拒絶だろうが。もっと大局を見極めてくれよ。これが一番確実で手っ取り早いじゃねぇか」

 にやにやと卓上で頬杖を突きながら揶揄やゆする臥雷をりょうたしなめる。食国は眉間に皺を寄せながら頭を掻いた。そして――結局苛立いらだちが勝った。


 本来食国は、非常に――非常に気が短い。


 食国は乱雑にかんざしを引き抜くと卓上に放り投げた。がちゃんと音を立てる。纏めるものを失った白髪が、ゆるゆると解かれて、やがて食国の背中に広がった。ばりばりと頭を掻くその様を見ながら、ふいと臥雷は表情を真顔にした。

「なあ、おひいさんよ。そもそも如艶じょえんがこの国に白玉はくぎょく五邑ごゆうを持ち込んだ事が間違いだって言ってんだよ俺は。それさえなきゃ今起きてる難の大半は存在してなかったろうが。だったらそこを正すのがに適う最短の筋ってもんだろうがよ」

 ばん! と食国の両掌が卓子に叩きつけられた。

「僕は! さっきから! 軽率にたらればを語る浮薄ふはくな馬鹿を麾下に置きっぱなしにしておかざるを得ない程人材に恵まれていないこの不幸をいい加減理解しやがれって言ってんだよ、このうすら馬鹿!」

「馬鹿ばっかり連発すんな馬鹿! 馬鹿しか言葉知らんのか馬鹿! 語彙力ごいりょくどっかに置き忘れて来たんか馬ァ鹿⁉」

「あああああもう! ほんっとこいつ厭だ‼」

 食国は頭を掻き毟ると、ばんばんばんと、再び卓子に両掌を叩きつけた。

「もう、ほんと好い加減にして⁉ 僕前から一回聞きたかったんだけどさ⁉ お前達もなんでこんな男を頭領に据えたんだよ‼ どう考えても雪巌せつがんが頭領ってほうがまだ遥かに納得できるし組織もまともに機能するでしょうが⁉」

 場につらなる面々は、突如として始まった罵声の応酬に巻き込まれてただ苦笑した。苦笑せざるを得ない。この二人のやり取りは、既に常態化している。要は慣れたのだ。


 白浪首脳部は食国を含めた九人で形成されている。


 頭領たるおう臥雷がらい沖ノおきの滔瀧とうたつ伊庭いば射干やかんえん想淑そうしゅく。この四人がたい輿と白臣の混血にあたる。生まれたのはほぼ同時期という四人だ。早い話が気心の知れた幼馴染である。

 一方、ふる白皇はくこうに仕えた臣から四名。臥雷の父であるおう臥龍がりょう。臥龍の隣に座する美髯びぜんたくわえた老年の男は、臥龍が禁軍にいた頃よりの側近であるさんの時代に宮廷にてこう禄寺ろくじ――つまり大膳だいぜんしきに務めていたぎょぼう。そこに、食国の側近としてこく野犴やかんが名を連ねている。

 食国の激高に、滔瀧とうたつ想淑そうしゅくはちらと顔を見合わせてから、ちら、と上座に改めて目を向ける。

 「それは、なあ?」と、滔瀧とうたつが向ける暗黙の了解とでも言わんばかりの振りに、想淑そうしゅくは頷きながら、腕組みと足組みをしてその体をもたれに預ける。雌性しせいが発現したばかりの食国とは違い、こちらは十二分に成熟した成人女性の外観をしている。食国のそれを溌溂はつらつあらわすならば、こちらは甘い匂いのただよい出そうな明白で芳醇ほうじゅんな色香だ。現に、組んだ腕の上に乗った豊かすぎる二つの重みはどうしようもなく雄性共の視線を集めて止まない。――ただし、この場にのぞむ者らを除いて、ではあるが。

 その、紅の引かれた唇が開かれる。

こうが帰還なされたら、白浪うちかしらになるのは公じゃないですか? どうせ首がげ替わるんだったら、とりあえず一番腕っぷしが強いのを置いとこうかって事になったんですよ。ねぇ、あれって、二百年くらい前の話だっけ?」

 隣から「そうだな」と、伊庭いばが落ち着いた低い声で一言肯定を加える。

 肩をわずかばかりすくめながら、滔瀧とうたつは半笑いで後を続ける。滔瀧とうたつはその頭髪が白と黒のまだらだ。おまけにひどい癖毛ときている。垂れ目と口調のせいか、臥雷以上に浮薄に見える男だ。

「何か事が起きて万一朝廷に俺達の事がバレたとしても、頭領が一番強けりゃ選抜の理屈としては成り立つし、こいつ程度なら首を取られてもまあ組織としては何とかなる、と。なあ、射干やかん

 こくと名が同音であるが故に、混同を避けんと姓を呼ばれる事がめっきり多くなった伊庭の、名の方を滔瀧とうたつが呼ぶ。古い馴染みであるが故の気安さだ。

 一方の話を振られた側の伊庭の返した「しかり」という声はかたい。表情も硬い。四角張った顔の骨格も硬い。何もかもが硬い。ただ、顔の面積に比べてやや目が小さいのが――なんとなく可愛らしく見える。

 その小さな目を一度だけしっかりとまばたかせてから、伊庭は再び「然り」と言葉を発する。

「公もおおせであった通り、頭領たるに最善の雪巌せつがん殿がられたら白浪はしまいだ。差し出すならば、臥雷の首が順当だろうよ」

 さすがにそこで臥雷が軽くうなった。

「おいおいおい、お前等、俺本人を前にしてそこまで言うか?」

 それに対して「はっ」と滔瀧とうたつが鼻で笑う。

「だってお前、脳味噌からして筋肉で出来てんだもん。はっきり言わなきゃ理解できねぇだろうが」

流石さすがに脳は筋肉じゃねぇだろ⁉」

「いや、あんたならありえるわよ」

「然り」

 軽快で遠慮のない四者のやり取りに食国は呆れて顔を歪める。

「――あんた達、ほんと仲良いよねぇ」

 と、りょうが「こう」と食国に発言を求めた。

「我々も、生半なまなかな覚悟で公の下についている訳ではございません。血族による権の移行を発案したのは愚息です。当初は誰も聞き入れなかった案ですが、月朝が興きて既に五百年。その間に、ここ妣國ははのくにとの停戦を成し遂げた事は実績として大きく、我々に掲げるべき正統があろうと、率直に申し上げて民意を得難い状況にある事は間違いありません」

 臥龍の言葉を引き継いだのはさんだ。

「かつ、仙山せんざんの謀略により、七年前の暴挙は我々が為した事だと未だ人口には膾炙かいしゃ致しております。水源に白玉の毒を落とすなど言語道断。かつ不死石しなずのいしの奪取を含むとは国家殲滅人民滅亡をたくらんだと判じられても無理からぬ事。姮娥こうがの危難をもたらしたるは白浪との謗りを受けても致し方ない程の悪逆非道。この地まで後退した現在、今の我々にはこの悪名を撤回し、自身の潔白を証明する有効な手立てがないのです」

 臥龍は、常になく逼迫ひっぱくした声で、この後を引き継ぎ、言葉をつむいだ。

「公の存在こそがかなめなのです。『げつじょえんはく皇を弑逆しいぎゃくせんが為、我等がしんせきぎょくと引き換えに白玉はくぎょく死屍しし散華さんげを国内に引き入れた。その結果が民衆にもたらされた現在の苦難である。よってこれを誅罰ちゅうばつし、正統なる朝を取り戻すべし。』――これを宣誓とするには、仙山によって擦り付けられた汚名をすすぎ、かつ白玉を滅ぼし赤玉を帰還へと導く事が必達となるのです。万一にも白玉を護持し続けようものなら、必ずや民衆より叛意はんいが生まれます。邑でお育ちになられた公にはお辛い事やも知れませぬが、彼等を守る事は、どう足掻いても理に適わぬのです。愚息の案が五邑殲滅ではなく、器の候補者にのみ対象を絞った策である事。これが如何いかに温情を掛けたものであるかという事を、どうか今一度ご理解いただきたい」

「――それは僕も十二分に判っている」

 食国は重い溜息を落した。



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