末文
末文 詩家
急な山の斜面を、息を切らしながら一つの人影が登ってゆく。
とっぷりと暮れた日の代わりに、薄い爪のようになった大き星が天に浮かんでいる。進み行く中で、それが枝葉の向こうに見え隠れするのだ。
人影は、実に武人らしい体格をしていた。
彼は、
生まれは旧
男の手には、包みと
男が登っているのは、瀛洲の東の河から上がる獣道だ。
目指す先はそう遠くない。
やがて――木々の間に横渡しに張られた綱が見えた。
境界である。
綱の一歩手前に、古い松の木と巨石が寄り添うようにして
「――来ましたぞ」
次の瞬間、
ずぶっ――と音を立てて、土饅頭から何かが生えた。
男は腕組みしながら、その土から生えたものを見下ろす。その正体は――腕だ。
「かーっ、がはっ、ぐっ!」
右腕に続き、今度はずぶりと左腕が生える。
「よう。『筒視隊』の
「五ですよ」
溜息を吐きながら、男は笑う。
「一昼夜
「もっと早く来やがれ
「全く口の悪い。無茶言わんで下さい。これでも骨を折ったんだ」
「ああ分かってる」
本当にこの
短く刈り込んだ頭髪は白。両の眼は
――いいか。俺が死んだら棺桶はいらねぇから、袋に入れて適当に穴掘って、この辺に埋めてくれ。
流石に、棺桶に入れられては、こうも
爺が彼の持参した隊服に着替え直している横で、親切にも土饅頭を盛り直す。同郷の生まれという、ただそれだけのよしみでここまでやってやる必要もなかったかも知れないが――単純に、彼はこの男の作る詩歌が好きだったのだ。
ふいと思い立ち、男は爺の方へ目を向ける。筋肉の隆起した爺の背中が、隊服に覆い隠される瞬間を目撃する。どうも――少し小さかったらしい。
「そういえばあんた、妣國の方の
「
つまり、坊主の説法を喰らう
食法は、人の血肉も精気も食わないが、優れた理論理屈を食わねば死ぬ。自然、知能の優れた者の
これは自らが得た智では意味がない。周囲にある優れた知能を持つ者から発せられる言葉――「説法」でなくてはならないのだ。
だから、宮廷を
海は死屍散華で汚れたから魚介は食えない。僅かな山菜と、井戸の水でさらしにさらした野菜。それから――山で狩った猪。
好きで
本当に、お尋ね者の
「ところで、あんたを埋めた五邑の坊主、ありゃあ孤児だったんでしょうが。一人にして大丈夫だったのですか」
男がそう問うたので、爺は「はっ」と鼻で笑った。
「あれを誰が育てたと思ってやがる。――あれはな、俺の持ちうる全ての
言いながら、爺の目が、じっと虚空の大き星を
かつて宮中に仕えた、ある著名な詩家がある。これが赤玉の
この、
名を、
『白玉の昊 破章』 完
続 『白玉の昊 急章』
https://kakuyomu.jp/works/16817330652654579202/episodes/16817330654331991372#end
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