95 寶
するり、と引き下ろされた先に待ち受けた眼は、
「
「それはっ……」
血相を変えた
「大丈夫だ。僕がそうはさせないよ。八重も、信じて待っていてくれるね?」
熊掌の視線に、八重はただ「うちは、熊掌のほうが心配やわ」と困ったように笑った。
「対外の話はこの辺りとして、少し違う話をしておく。多分とても重要な事だ」
突然調子が変わった事に、梶火は面食らった。
「どうした?」
熊掌は心から楽しそうに笑った。
「僕はもう、白玉に接触できない」
「――はぁ?」
完全に予想外だった言葉に、思わず梶火の口から
動揺の程は長鳴も八重も変わらない。この二人は――そっくり同じに、口をあんぐりと開けて固まっていた。
「あ、兄上? それは一体……どういう」
「文字通りだ、長鳴。僕は白玉の……彼女の方に拒絶されている」
「嘘やん、そんな
「それがあるんだな。自分でよくわかる。僕の中にはもう、
驚愕する三人に、熊掌は語って聞かせた。
この七年もの間、熊掌が白玉の間ではなく『
「白玉というのは、つまり、僕に
「夫婦一柱、ということですか?」
確認する長鳴に熊掌は頷く。
「そうみたいだ。――で、僕の中にあった死屍散華は消失した。それと同時に、入れ替わるようにして別の力が蓄積されている。奴は、これの事を
「そんねん、急に言われても……」
「見て」
熊掌が八重に手を伸ばすと、激しい衝撃音と共に弾き返された。呆気にとられた三人を前に、熊掌は苦笑した。
「と言う訳で、僕は完全に白玉に、というか、その
熊掌の突然の問いかけに、少し
「ばれた?」
「うん。何となくそうなんじゃないかなって思ってた」
「ほな、ちょうどええから、うちも話すわ。長鳴」
二人は顔を見合わせると、ゆっくり頷きあった。
「うちは、この冬からやな、妙な夢を見るようになった。あと、白玉に触れてるうちにも、なんや、白玉の記憶? みたいなものも見えるようになってしもて」
「白玉の、ってことは、
「……うん。多分間違いなく、白玉とうちらの御先祖さんをこっちに送り込んだ
言いながら、しかし実際のところ八重は少し
白玉の記憶と呼ぶには、あれはあまりにも視点があちこちに散らばり過ぎていたからだ。本当はもっと、白玉に関わってきたたくさんの何かの過去を
八重の中に、
あれは、最初にみた夢だ。
今思えば、見覚えのある顔だったのだ。あれは、あの惨殺の夢で「母上」と呼ばれていた女性の肩を後ろから支えていた人物だった。
少女――いや、少年だろうか? どちらとも断言しづらいその人物が、異地人に二人がかりで
その人物は長い白髪に白い両眼、そして透き通るほどに白い肌の主だ。明らかに月人だ。
月人の少年は、泣いていた。
彼の前には、
「
石床にその頬を押し付けられたまま、彼の眼からはとめどない涙が伝う。
「だからっ……、
石棺の中の女性は、初老を過ぎた頃に見えた。それこそまさに、今日白玉の膝の上でまどろんでいる時に見た、「母上」と呼ばれた女性その人だった。
淡くそばかすの浮いた肌に、今にもぱちりと見開きそうな切れ長の
「なんで、なんで……っ」
少年の魂からの叫びに、八重は耳を塞ぎたかった。しかし夢の中の事。何一つ為す事はできない。
「なんで、受け取ってくれなかったんだよ‼」
少年の手には、赤い石が握りしめられている。強く握り締め過ぎた指先は赤く染まっていた。
そして、棺の中の女性の枕元には、それと全く同じ――否、縦に真二つに割られた、赤い
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